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仰げば蒼し
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「本格的にやるとなると、今のままじゃダメなんですよ」
「そんなものなの?」
「そんなものなんです。大人だって、ただにこにこして子供の応援をするだけってわけにはいかなくなるし、だいたい責任が違いますよ」
 お揃いのユニフォームを作って喜んで、お握りを握っているばかりじゃいられないそうで、毎週ごとに弁当を持たせ、当番を決めて人数分のお茶を用意して、車をチャーターしてあちこちに遠征して回るのだそうだ。
「へえ。大変そうだね」
「大変なんです。監督だって今のままじゃいかないし」
「いかないの?」
「いかないの!」
 チームの中に自分の子供がいることが、第一にやりにくい。人数が増えればそれだけレギュラー争いが過熱する。親達は自分の子供に活躍してもらいたいから、あれやこれやと意見をし出す。
 監督の子供を選べばひいきだと言われ、言われたくないがために自分の子供にことさらに厳しくあたってしまって、逆びいきになってしまう。難しいところだ。
「だから、遠藤君に丸投げしてきたんだ」
 ふうーっと、本当に珍しく遠藤君がため息をついた。
「でも、今日いろいろ聞いてきたんだろう? 先輩に」
 そう、今日遠藤君が会ってきたのは、高校時代の先輩で、今は少年野球の運営の手伝いをしているという人で、いろいろとアドバイスをもらってきているはずなのだ。
「聞いたけど、なんだか気が滅入るような話ばっかりで……」
 どこも子供を教える立場は難しいらしい。
「逆に向こうの愚痴を聞かされましたよ」
 レギュラー欲しさになにかと贈り物はされる。田舎から両親が観に来るから是非とも四番で打たせてやってくれ。次は車を出す番だが、汚されるのが嫌だから近所の練習場に替えてくれ。追加点のために犠牲フライを打たせれば、なぜ自分の子が犠牲にされなければいけないのかと迫られたという。
「……なんだか、凄いね」
「……でしょう?」
「問題は子供の方より親にある感じがするけど」
「うーん、まあ、そればかりでもないんですけどね……」
 そうなの? と聞き返したら、遠藤君は曖昧に笑って「俺も風呂に入ってきます」と立ち上がった。
 汗を流してきた遠藤君としばらくテレビを見ながらビールを飲んで、それから一つのベッドに二人して眠った。
 遠藤君の部屋のベッドは一人寝には広いダブルベッドだ。初めて見た時には驚いたが、体が大きいからかなと納得したら、あとで、俺とこうなってから買い替えたのだと悪戯っぽく言われて赤面したのを憶えている。
 ベッドの中で少しだけお互いを触り合って、目を閉じた。
 次の日に仕事があるときはいつもそんな感じだ。俺の体の負担を考えてくれている。
 着替えも、スーツもこちらに少し用意してある。明日は二人で出勤だ。「だからずっとこっちにいればいいのに」と遠藤君がまた言うので笑った。

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