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仰げば蒼し |
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寝る前に飲んだビールのせいか、放出しきれなかった体の熱のせいなのか、夜中に喉の渇きで目が覚めた。 起こさないようにそっと腕を外してベッドから降りる。 暗がりの中で冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターを取り出してコップに注いだ。一気に飲んで溜息を吐く。静かな部屋で冷蔵庫のモーターの音が響いていた。 自分の部屋じゃないところで、まるで自分の家のように寛いでいるのをふいに不思議に感じた。 住む人の性格を表すように、程よく散らかっていて、ホッとするような、ごろんと横になりたくなるような無防備な部屋だ。 家庭的な匂いもする。転勤した両親が前に住んでいたと言っていた。遠藤君自身は寮に入っていたから家族とはあまり一緒に住まなかったらしいが、それでも温かい両親の愛情が溢れているように感じる。 この部屋で一緒に暮らそうと遠藤君は言う。 凄く嬉しくて、そうなればどれだけ楽しいかと夢想しながら、やっぱりここに遠藤君と住む人は家族と呼ぶべき人が相応しいとも思ってしまう。 いつか、他の人と同じように、普通の家庭を持つべきなんだろうなと、漠然と考える。 あんまり欲張ってはいけないのだと、浮かれている自分をいつものようにいさめる。 少しだけ幸せな時間を分けてもらっているのだと言い聞かせていないと、いつか来る別れがつらくなる。 ぼうっと考えていたら、部屋の奥から俺を呼ぶ声がした。 「……みつる?」 その声があまりにも不安げだったから、俺は慌てて寝室に戻った。 暗がりの中で遠藤君が途方に暮れたように半身を起していた。寝ぼけているらしい。 「ごめん。喉が乾いて水飲んでた。起こしちゃった?」 びっくりさせないように静かに近づいたら、安心したように「おいで」と手を伸ばしてきた。 掴まれた掌は汗ばんでいて、額に触るとこちらも寝汗をかいている。 「暑い? クーラー強めようか?」 離れかけた腕を弱く引かれた。力が入らないらしくて、滑った手がTシャツの裾をつまんで引っぱられた。 「いい。暑くない」 黙って望むとおりに彼の隣りに横たわった。伝わる鼓動がいつもより激しく鳴っている。 「どうした? 嫌な夢でも見た?」 母親のように背中をトントンと叩いてやる。大きな体が胎児みたいに丸まって、大人しく背中を叩かれている。 そのうちに鼓動も静まっていき、丸まっていた体が伸びてきて、おかえしのように俺の体を抱き返してきた。胸元に埋めた頭の上で遠藤君がくふんと笑った。 「普段使わない頭使ったから、変な夢、見た」 「どんな?」 「……」 黙っているから寝たのかなと顔を覗こうとしたら、ゅっと胸に押し付けられた。まるで見られたくないみたいに。 それから「大丈夫だよ」とやさしい声で慰められた。 いや、今夢を見ていたのは遠藤君だろう? と言い返す前に「大丈夫だからね」とまた言われて軽く揺さぶられた。 どうやらまだ寝ぼけているらしかった。 |
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