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仰げば蒼し
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 次の日曜日に久しぶりに弱小ファイターズの練習を見学に行った。その日は遠藤君の家の近くの河川敷での練習だったから、金曜日から泊まっていた俺は遠藤君と一緒に歩いてグラウンドへ向かった。
 前に見学した時はまだ十五人ぐらいの創立メンバー達だけだったから、随分本格的になったものだと三塁側のベンチに腰かけて、ノックを受ける少年たちのきびきびした姿に感心した。
 反対の一塁側には保護者達がクーラーボックスや給水機を用意して炎天下の子供たちの健康管理をするべく待機していた。自分の子供の番になると、手を止めて見守っている。親って大変なんだなとこちらの方にも感心をした。
 遠藤君がコーチらしく声を飛ばしながら、右へ左へと華麗にボールを振り分けている。
 完璧なバッティングフォームが美しい。
 保護者のお母さんたちが熱い視線を送っているのは俺の気のせいじゃないと思う。
「次! ライト!」と叫んでカアンと、言ったとおりの方向へ放物線を描いてボールが飛ぶ。
「キャー」と叫んでチアガールのように踊り出したい気分だった。保護者達の手前我慢したけど。
 グランドの隅の方で、お父さんらしき人が、低学年の子たちにボールを転がして捕る練習をさせていた。
 ずっと腰をかがめているから、時々体を伸ばしてストレッチしながら気長に付き合っている。
 体がうずうずしてきたので、俺はそっちに近寄っていって「お手伝いしましょうか」と交代を申し出た。
 初めに俺のことは、遠藤君の会社の先輩で、無類の野球好きと紹介されていたから、なんの違和感もなく溶け込めていた。
 好きなのは野球よりも遠藤君です、と言えないのが残念だ。
 じゃあお願いしますと気軽にボールとグラブを渡されて、お父さんは腰を叩きながら水分補給に歩いて行った。
「いくよ」と声をかけてボールをバウンドさせる。
 よく教えられていて、小さな体を動かして、両手を添え、上手にボールをさばいていく。 
 ノックの様子を見ていても、とても遠藤君が言っていたような、話にならないほど弱小だとは思えなかった。
 もっとも、遠藤君のレベルに比べれば、そうなのかもしれなかったけれど。
 途中お昼を挟んで練習は夕方まで続いた。「え? そんなに?」と初めはびっくりしたけれど、日曜日だけの練習はこれでも少ないのだと言われた。試合があれば、土曜日にもやることになるそうだ。 保護者の中にはもっとやってほしいという声もあがっているみたいだが、遠藤君は監督と話し合って、とりあえずは野球を楽しむことから始めようということになったらしい。
 監督やコーチたちのお昼の分は交代制で用意されていた。
 俺は単なる飛び入り見学だから、途中で抜けようと思っていたけど「多めに用意してきましたから」と勧められて、遠藤君と一緒に御馳走になってしまった。
 日曜日の昼に、ユニフォーム姿の遠藤君と一緒にお握りを頬張る幸せを何といって表わしたらいいのだろうか。もう……号泣ものだった。
 膝をつき、両手に持ったお握りを天に突き上げたまま、号泣したい。
 保護者の手前泣かなかったけど。
 午後になって、新メンバーだというナオキ君が合流してきた。今日は午前中に塾の模試があったとかでこの時間になったらしい。
 何となくだが、ナオキ君が来てから、微妙にチームの雰囲気が変わった。
 ヨシ君は学校で同じクラスらしく、「よっ」と笑って迎え入れていたが、周りがちょっと遠巻きにしているような感じがした。
 帽子を脱いで礼儀正しく「遅れました」と監督やコーチや俺にまで挨拶をする。走っていく姿は新メンバーといっても、どこかでこういった訓練を受けていたのだろうなという印象を受けた。
 ナオキ君はピッチャーだった。軽くキャッチボールを繰り返したあと、遠藤君の前で投球練習を始めた。四年生の体はまだそれほど大きくはないが、素直な無理のないフォームだった。一球、一球確かめるように投げて、丁寧に指導を受けている。
 この調子でいけば、来年あたり結構いいところまでいけるんじゃないかなと期待させられるチームだった。

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