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仰げば蒼し
20
 気持ちを疑っているわけじゃない。遠藤君が俺をすごく大切に想っていてくれることも、ちゃんと理解している。 
 けど、やっぱり言われてみたいじゃないか。
「……ええと、言わなくても分かりますよね?」
 俺のセリフに、遠藤君は虚を突かれたような顔をして、さっきとは違う戸惑いの表情を浮かべ、目を泳がせた。
「えっと……言わないと、駄目?」
 言ってくれるのかと期待して、泳いでいる視線を追いかけ、待ってみる。
 俺に見つめられた遠藤君は、パクパクと動かした口を、自分の大きな手で覆った。耳が赤くなっている。
 もしかして遠藤君、自分から言ったことがないのでは?
 そう思ったら、ますます言わせたくなってきた。
「こう……改まって言うっていうのもちょっと」
「じゃあさりげなく言ってよ」
「……あー、あー……」
 ちょっと珍しいぐらいに困った遠藤君が面白い。
「言ってよ。ちょっと、ほら」
 恥ずかしがって悶絶している遠藤君に追い打ちを掛けるようにして笑いながら煽ったら、遠藤君はとうとう怒ったように俺の肩を掴んで、深呼吸をした。
「野坂さんが……」
 肩を捕まれたまま、次の言葉をじっと待つ。
 大きく息を吸い込んで、遠藤君の口が開いた。
「す、好きでしゅ」
 大事な所で噛んでいた。
「台無しだ!」
 大事な場面で致命的なミスを犯してしまった遠藤君は、「あーっ!」っと叫び、俺を膝に乗せたまま、大の字になった。
 仰向けに寝転んでいる遠藤君の上に覆い被さる。
 キスを落とし、「俺も遠藤君がしゅきだよ」と、お礼の告白をした。
 二人で噴いて、もう一度深く合わさる。
 顔を傾けたら遠藤君も反対側に顔を傾けて、開けられた唇に自分のそれを重ねた。
「……ん」
 舌を絡め合い、お互いを味わう。
 俺の手は床に付いていて、俺の頭を抱えるようにして受け入れていた遠藤君の手が滑っていく。
 シャツの裾を引っ張られ、中へと浸入してくるのを黙って許しながら、尚も遠藤君の中を貪る。
 入って来た手のひらが、脇腹を撫で、つう、と背骨を辿っていく。
「ぁ……ん」
 想わず唇を離し、両腕を床に付いたまま仰け反る俺を、遠藤君が笑って見つめている。
 俺が背中が感じるのを知っている遠藤君は、背中に指を這わせながら、もう片方の手で、俺の乳首をそっと摘んだ。
「んっ、ふ、ぁあ……」
 同時に好きなところを責められて、ますます体が反り上がる。
 愛撫を受けながら、笑って俺を見つめている顔に、もう一度口づけをした。
 キスの合間にも、声が漏れる。
 俺の声と、合わさる水音と、遠藤君の手が動くときの衣擦れが聞こえてきた。
 息継ぎの合間に遠藤君が囁いてくる。
「……声、我慢できる?」
「……ん、なんで?」
 キスをしながら応えると、遠藤君も手の動きを止めないまま「ここ、壁薄いから」と答えた。
 その言葉に、動きが止まってしまった俺を、宥めるように遠藤君の手が、もう一度背中を撫でてきた。
「壁?」
「うん」
「隣り」
 瞬時に意味を理解した俺が、慌てて体を起こすと、遠藤君は残念そうに笑って、シャツの中から手を抜いた。
「やっぱり、無理だったか」
「遠藤君、知ってたの?」
「……あー、ええと……はい」
「だからいつも自分の部屋に来いって言ってたの?」
「ごめんなさい」
 遠藤君は俺の下に敷かれたまま、シュンとして謝ってきた。
「言ったら絶対部屋に上げてもらえないと思って」
「遠藤君……」
 なにを言うよりも、それを一番先に告白してほしかったよ、俺は。
「俺の部屋にきます? それとも今日は、お預け?」
 食事を前に「待て」と言われた犬のような情けない顔をして、遠藤君がお伺いを立ててきた。
 だけど、今更それは酷いよ遠藤君。
 あんなに可愛い告白をもらって、すごく幸せな気分なのに場所移動って……。
 それに俺、すっかり準備出来上がっちゃってるんだよ。お預けとか、俺だって無理だ。
 遠藤君の部屋に着くまでずっと前屈みだよ、二人ともきっと。



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