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仰げば蒼し
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「へえ! 子供に野球教えてるの? 遠藤君」
 戸部君がタン塩を咀嚼しながら聞いてきた。顔が草食系の割に、彼は肉好きだ。
「そうなんだよね。ま、子供が子供教えてるみたいなもんじゃないの?」
 秋元君がまぜっかえしている。
 久しぶりに四人で飲んだ。四年になった先輩はすでに実業団への道が決まっている。戸部君も就職活動を始めているが「無事に卒業できればいいんですけどね」と、自分のことなのにのんきに言っている。
 遠藤君は隅っこの席に俺を押し付けて、隔離するようにして飲んでいる。皿に次々と焼いた肉を取って「これもう焼けてます」「野菜も一緒に食べなさい」とお母さんのように世話を焼いて、その様子を戸部君が可笑しそうに眺めていた。
「大変だよね。俺の大学のOBでやっぱり子供にバレー教えてる人がいるけど、今の子ってさ、塾や習い事感覚でスポーツやるから、教える方もあんまり熱心にやると、『うちは受験の為にやらせてるだけだからあんまり練習に時間がとれません』なんて言われるらしいよ」
「なんで? 受験のためにバレーやるの?」
「ほら、文武両道っていうの? うちの子は勉強ばかりじゃありませんから。みたいな。あとはちょろって試合に出させてもらって、チームの成績が良ければ内申書に書けるとか。地区大会優勝! って」
「へえ〜」
 なるほど、奥が深いものなんだな。
「で、遠藤君の教えてるのはどっち?」
「どっち、って何が?」
 秋元君がレバ刺しを口に放り込みながら聞いた。
「軟式か、硬式かってことだよ」
「へえ! なんか違いがあるの?」
「そりゃ……あるよ。道具も違うし、加入してる連盟も違うから。ルールも違うしね」
「へえ〜! 俺全然そういうの知らないからさ。スポーツ全般興味もないしね」
 秋元君はどうしてうちの会社に入社してきたんだろう?
 遠藤君の教えているのは軟式だ。ちなみに彼が子供の頃入っていたリトルリーグは硬式で、どちらも運営するにあたってさまざまな細かい規約がある。道具やホーム間の距離、一日に試合で投げる投球数は年齢で定められている。すべて成長期の子供の体のことを考えてのことだ。
 ナオキ君は硬式のボーイズリーグというところから、わざわざ遠藤君の弱小ファイターズに移ってきた。わりと熱心なチームだったので、拘束時間が長くて塾との兼ね合いが難しく、母親が辞めさせたらしい。でも、ナオキ君自身は野球が好きで、ヨシ君と同じクラスだったこともあって遠藤君のところへやってきたのだ。ただ、前のチームとのレベルの違いに本人が少し戸惑っているみたいだ。軟式に慣れていないということもあるのだろう。何となく馴染めないでいる。
 興味のない話は横にずらしてと、秋元君が話題を変えてくる。この前戸部君たちと飲んだ時の話とか、俺の最近の仕事の話だとか。
 秋元君も背中に寄せ書きの洗礼を受けたらしい。もっともどぶろくは被らなかったみたいだが。その時に俺の話も出たようで、みんながもう一度俺と飲みたいと言っていると伝言を受けた。
 俺への誘いなのに、遠藤君が「いや、野坂さんはもう行きませんから」と断っていた。 


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