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仰げば蒼し
8
 男四人で焼き肉を堪能して店を出た。上機嫌の秋元君とどんな時も機嫌の変わらない戸部君が連れ立って帰って行った。
 帰り際戸部君に「遠藤君可愛いですね。野坂さんにべったりじゃないですか」と言われて沈んでいた気持ちが少し浮上したのに「なに? あの人なんだって?」と詰問されてまた落ち込んでしまった。
 駅に向かって歩きながら「今日は家に帰りたい」と告げた。日曜日に試合のある遠藤君は明日の土曜日も練習がある。だから当然一緒に自分の家に来るものだと思っていたからだろう、驚いて立ち止まった。
 なんとなくこのまま一緒にいるのが気まずかった。たぶん、俺がすねているのだろうと思う。子供みたいだけど、でもちょっと気分が落ち込んでどうしようもなかった。
「じゃあ、送っていきます」
「うん」
 電車の中で無言なのも気まずいから何か話題はないかと探す。
「秋元君、相変わらずだね」
「あいつ、余計なこと言いやがって」
「本当に気にしてないから」
「……うん」
「それより……あの、さ、ああいうの、ちょっと困る」
「なにが?」
「だから……俺のもの的な発言がさ」
 空いている電車の隅で小声で話す。
「ああいうの……まずいだろ」
「……迷惑?」
「そうじゃなくて。ほら、だって、やっぱり遠藤君だって困るだろ?」
「俺は別に構いません」
「駄目だって」
「なんで?」
 なんでって……そりゃまずいよ。自分の性癖が人に知られるのも怖いし、それに……別れた後に気まずいじゃないか。
 じっと俺を見降ろしていた遠藤君がわかったと返事をした。
「野坂さんが嫌なら気をつけます。すみませんでした」
「うん。いや、俺の方こそごめん、臆病で」
「平気です。ただ、秋元と二人で会うのはやめてください。他の人も、なるべくやめて」
 甘えるように言われて苦笑した。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。遠藤君と違って俺、もてた試しなんてないからさ」
 冗談で言ったのに、遠藤君がまた「あいたたた」みたいな顔をした。
 タクシーに乗ったら、運転手に気づかれないように手を繋いできた。そっと掌を親指で撫でている。
 こういうところが慣れてるんだよなあと思った。
 アパートの前に着いたら、やっぱり一緒に降りて来て「寄ってもいいですか?」と聞かれた。その頃はもう気まずい思いも薄れていたから「いいよ」と言ったら遠藤くんがパっと笑った。 
 本当にこの笑顔に弱い。
 明日の練習もあるからお酒はもういいだろうと、二人分のお茶を用意した。
 お湯を沸かしながら、一緒に住むのはやっぱり無理だろうと考える。
 今日のような場面であれだけ恐怖を感じるのだ。一緒に住んでいることなど知れたらと思うととても耐えられそうにない。
 それに、どんどんのめり込んでいる自分が恐ろしい。このまま二人の関係に慣れきってしまって、無くなった時の喪失感に耐えられるだろうかと思う。
「機嫌、なおった?」
 後ろから遠藤君が抱きついてきた。
「機嫌なんか最初から損ねてないよ」
「本当?」
「うん。だいたい遠藤君がもてるのは知ってるし。自分で言ってたじゃないか」
「自己申告と人から告げ口されるのとは違うから。変に誤解されたら嫌だし」
「誤解なんかしてないよ。ただ……」
「ただ?」
「だから……慣れてるのかなって思っただけだよ」
「……なにが?」
 後ろで聞こえていた声音が変わったので慌てた。責めるつもりじゃない。そんなつもりはこれっぽっちもないのだ。

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