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仰げば蒼し |
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「違う。ごめん。言い方が変だった。忘れて」 回されていた腕が動いて遠藤君の方へと向かされた。手を引かれて一間しかない部屋の中央へとつれていかれて座らされた。 「怒ってないから。怯えないで」 いつものように膝に抱かれて頭を撫でられる。 「思ったことがあるなら言ってほしい。言葉が足りなくて誤解されるのが一番嫌だから」 「だから、なにも誤解なんかしてない。責めようとも思ってないし、昔のことだって言うのもちゃんとわかってるから」 「うん」 背中を擦られて続きを促された。ちゃんと最後まで言ってと辛抱強く待っている。 「あの……こういうこと……するのも、慣れてるし。最初から、上手だったから」 「こういうこと?」 「今みたいに……膝に乗っけたり……」 遠藤君が急にこっちを見た。俺はバツが悪くて目を合わせられなかった。 「俺、初めてですけど」 「なにが?」 「だから、こんな風に膝に人乗っけるの。男はもちろんだけど、女性もないですよ」 「え?」 「だって最初にそっちから乗ってきたんですよ? 俺こそ野坂さんがこういうのに慣れてるのかと思った」 「そ、そんなはずないだろ!」 「おいでって言ったら、フツーにここに来ましたよ?」 おかしそうに遠藤君が言う。 嘘だろ? だって……そうだっけ? 「俺が慣れてるわけ、ないだろ?」 「うん。あのあとすぐにわかった」 あ、それはわかるわけだ。 「俺が慣れてると思った? 上手だったから?」 キスをされた。 「ん……」 「……気持ちよかったから?」 するするとワイシャツのボタンを外していく。ほら、やっぱり手際がいいじゃないか。 「ぁ……だから、俺のあのこと、平気なのかな……って」 一瞬手の動きが止まって――それからまた動き出した。 「……平気なわけないじゃないか」 唸るような低い声が聞こえて、え? と顔を見返そうと思って、出来なかった。遠藤君の手がどんどんエスカレートしていくから。 「ちょ、ちょっと、まって」 中断させようともがいても許してもらえない。 「……秋元たちにだって、会わせたくないのに……」 「えんど……んんっ」 強引に口を塞がれた。 混乱していた。考えようとしているのに、意識を飛ばしにかかろうと遠藤君が性急に俺を高めていく。 「あっ……っ、っ」 開きかけた口をまた塞がれて苦しい。手はすでに下着の中に伸びていて俺を育て始める。 強い力で遠藤君の手首を掴み、引きはがそうとするのに、まるで意地になったように力ずくでそこから動かない。 「ま、まって、遠藤君、やめろっ!」 今までになくきつい声を出し、渾身の力で彼を突き飛ばした。 俺だって男だ。本気になって抵抗すれば、彼に言いように出来るはずもない。今までそれをしなかっただけだ。遠藤君にされて嫌な思いなんかしたことがなかったから。 だけど、今だけは本気で嫌だった。 俺の訴えを無視するような遠藤君の行為に腹が立つ。 俺に拒まれた遠藤君は、一瞬ポカンとなり、そのあと、泣きそうな子どもが無理矢理涙を我慢するような情けない表情をして、俺を見上げてきた 乱れてしまった着衣を整え、彼の前に胡座をかき、くしゃくしゃになってしまった髪を掻き上げた。 「……すみませんでした」 しゅんと項垂れて謝ってくる遠藤君を横目で見てから、ふう、とひとつ溜息を吐いた。 「俺は女の子じゃないから」 「はい」 「そういう力技を使われると、少し、腹が立つ」 「ごめんなさい」 「何が気にくわなかったのか知らないけど」 「そんなこと、何にもないです」 「いつもそうなの?」 「なにがですか?」 「いつもそうやって、喧嘩になると、うやむやに抱き込んで仲直りしてたの?」 「そんなこと……ないです」 俺なんかよりずっと恋愛経験に長けている遠藤君は、この手を使うことが多かったんだろうと思う。 そして、皮肉な声でこんなことを言っている俺は、気にしないと言いながら、結局は気にしていたのだと気がついた。 なんだ。 結局俺は、遠藤君の前の彼女たちにきっちりと嫉妬をしているんじゃないか。 ちゃんと話合いをしようとしたのに、女性のように扱われ、腹を立てている。 この付き合いが仮初めだと自分に言い聞かせながら、自分を、自分だけは特別な存在になりたいと、俺は願っていたらしい。 しおれたままの遠藤君は、いつか俺に責められたときのように、途方に暮れたような様相で、大きな体を縮めるようにして正座をしていた。 「今日は、もう帰った方がいいと思う」 さっきの遠藤君の態度も、今の俺の気持ちも、すぐに整理がつかない。「言いたいことがあるならはっきり言って」という遠藤君自身、言えないでいることがあるらしい。 だけど、いまそれを受け止める余裕が、俺の方にもなかった。 「ほら、あさって試合だし。明日も練習あるんだろう」 「ありますけど」 「俺も、ちょっと……ゆっくり考えたいし」 そう言うと、遠藤君は何かを言いかけて、何も言わないまま黙って立ち上がった。 「試合、観に行くから」 靴を履く遠藤君の背中にそう言うと、振り返った遠藤君は、やっぱり何かを言いかけて、それから試合終了のような深いお辞儀をして、帰っていった。 |
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