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遠藤の苦悩
3

 同僚の秋元は充のことを「しっかりした人だな」と尊敬していたようだが、遠藤は少し違う印象を持っていた。
 確かに冷静だし、仕事もまじめにこなすし、出来る人だったが、観察していると、時々ふにゃん、とした表情を見せる。それがひどくアンバランスで、危なげだった。
 酒を飲めば文字通りふにゃふにゃになるし、大丈夫なんだろうかと心配になることもあった。面白い人だなと興味が湧いていたのも事実だ。
 それが恋愛感情にすり替わったのはいつからだったのか、遠藤自身わからない。
 酔って戸部に担がれて帰って来た時、何となく自分だけの役目だと思っていた充の面倒を彼がみるのだと聞いて、面白くないと思った。
 引き継ぎのように戸部に渡されて、部屋に担ぎ込まれたときの充は、今思い出しても吹き出してしまうぐらい面白かった。
 それを話題にすると、きっとヤカンが噴いたように湯気を立てて恥ずかしがるだろうから、話題には出さないが。
 自分の部屋なのに、居場所がないといった風にオロオロとし、背中の落書きを消そうという提案を恥ずかしがり、宥めるのに大変だった。子供をあやすように説得して、やっとの思いで承諾してもらった。
 充のコロコロと変わる表情を自分だけが知っているのかと思うと、なんだか楽しかったのを覚えている秋元も、きっと戸部もこんな彼を知らないだろうという想いは不思議な優越感だった。
 緊張して、恥じらって、終いには涙を流した充をみて可愛いと思った。その顔にキスをしたいと思った。
 だけど、それが即恋だったかというと、すぐには答えられない。
 小動物のような可愛らしさを単純に愛でる気持ちに近かった。可哀相に、よしよしと頭を撫でてやりたいのと同じだった。
 そのあとも自分の醜態を恥じて、ビクビクしている様子も可愛らしかった
 しっかりしていると周りに思われている有能な上司の、他に見せない顔を自分だけが知っているという優越感があった。
 人を想ってあんなにもまっすぐに涙を流した経験が遠藤にはない。
 ああ、可愛いなあ。何とかしてあげたいなあ、と、思っていた。
 恋に不器用そうな先輩を励ましてあげたいと思ったのだ。恋愛経験では、自分の方が豊富であると、優位に立った気持ちがあったことは間違いない。
 そんな驕った気持ちを充は敏感に感じ取った。
 誰よりも自分を可愛がってくれていたはずの充が、初めて不快感を表し、拒絶の態度を取ったのに慌てた。
 軽はずみな自分の言動を悔やみ、嫌われたかと思うと、怖かった。
 その後、何事もなかったように振る舞う充は、前のような無防備な姿を見せてくれなくなった。
 遠藤の前であれほどコロコロと色を変えていた表情は、薄い膜が張られ、線を引かれてしまったことに気がつくと、自分でも驚くほど狼狽し、そして傷ついていたのだ。



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