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遠藤の苦悩
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 好きな人は戸部じゃないと聞いた。では、誰なのか。 
 大学での仕事の引き継ぎに、自分ではなく秋元を連れて行かれてショックを受けた。
 好きな人は戸部じゃないと言われても、飲み会の席で楽しそうに話す二人を見ると本当はそうなのではないかと邪推したりもする。
 何が経験豊富なんだかと、あの頃の自分のふがいなさを思い出して苦笑する。
 悶々とするばかりで、それでもまだ自分が何故これほど悩んでいるのか、その原因がよく分かっていなかったのだ。
 一日中、考えることは充のことばかりで、前のように一番近い距離に戻りたいと願っているのに、自分から動くことが出来ない。
 充の好きな人は誰なのかと考えあぐね、もしかしたら自分ではないかと思ってみても、それは自分の願望だけなのではないかと思い直す。
 だって、もしそうなら、充の方から何かアプローチがあるはずだと、好意を受け取ることしかしてこなかった遠藤は、ここでも自分から働きかけようと思いつきもしなかったのだ。
 そうしながら、充を追い込んでいたことに気が付かなかった。
 そんな時に、やきもちめいた態度をとられて有頂天になった翌朝の出来事は、まさに青天の霹靂だった。
 明らかに昨夜の情事の匂いを漂わせて自分の前に現れたその姿に逆上した。
 動揺し、苛立ち、何をしているんだと責めるような視線を向けた。それを無視するような充のあからさまな態度に、経験したことのない、激しい感情が生まれた。
 相手は誰なのか。自分の知っている奴なのか。昨日態度は何なのか。俺のことを気にしていたんじゃないのか。そいつのことが好きなのか。泣くほど好きなのか。何故そんなにつらそうにしているのか。何故俺のことを無視するのか。
 気まずくなって以来、溜まっていた感情が爆発した。
 もしあの時の諍いがもう少し長引いて、険悪さが増していたら、遠藤は無理やり乱暴を働いて、充に怪我を負わせていたかもしれないと思っている。怪我だけならまだしも、一生消えない心の傷も負わせていたかもしれない。それほどのショックだった。
 あの時偶然に携帯が鳴って、揉み合った末、先に鼻血を出したのが自分で本当によかった。
 あの日、充が遠藤をずっと想っていたのだと告げられて、前日にやらかした軽率な行動を悔やんで、自分自身を責め苛む姿を目にした時、すべてを許そうと決心した。
 もともと相手に処女性を求めるほど潔癖ではないし、だいたい自分自身の今までの悪行を考えれば、とても責められたものではない。  
 ごめんなさいと、涙を流す充の姿を目の当たりにして、少しでも充を責めようと考えていた気持ちが一瞬でぶっ飛んでしまった。
 それどころか、小さな自分のプライドのために彼をそこまで追い詰めたことに深く後悔したほどだ。
 大切にしたいと思う。不安があるのなら、その度にその不安を取り除いてやりたい。
 今日も明日も変わらずに好きでいることを信じさせてあげたい。
 言葉でそれを表現するには、今ひとつ照れがあって、なかなか口に出すことは出来ないが、そこは態度で大いにアピールしている遠藤だった。



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