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遠藤の苦悩 |
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隣に座る、びくついているウサギを見やる。 「充」 名前を呼んだらまたふにゃんとなった。遠藤がこう呼ぶときがどういう時なのか、さすがにわかっているみたいだ。 そして、充がこんな表情をするとき、いつも自分がらみのことを考えていたことも、付き合い始めて気が付いた。 ずいぶん長い間どうして気がつかなかったのか不思議なくらい、充の愛情表現はまっすぐに遠藤に向けられている。愛しい。 挨拶程度のキスで済むはずがなくて、膝においでと引き寄せたら、ウサギが無駄な抵抗をした。 「あ、ダメだよ。時間……」 「まだ平気」 立ち上がりかけた細い体の脇に手を入れて、くるんと反転させて膝の上に乗せる。 「だって、まだ朝……んっ」 文句を言う唇を塞いだ。朝起きた瞬間から欲しいのだから仕方がない。 シャツの下に滑り込ませた手を、きめの細かい肌に滑らせて動きを封じる。 「あ……駄目だって……」 「……さわるだけ。ね?」 本当はすぐにでも奥の寝室に引きずり込みたいのだが、さすがにそれはダメだろうと妥協案を出しているのだ。こうやって少しずつ宥めながらその気にさせていくのが楽しい。 「また、そうやって、ずるいこと……言う」 息の上がった顔で睨まれ、その瞳の色っぽさにぞくっとして喉元に強く吸いついた。 「あっ、駄目だって! そこ、見える」 慌てる充にじゃあどこならいい? とまた交換条件をだす。 観念したように溜息をついて、自らずり上がってきた胸元に唇を寄せた。 「あ……もう、俺、体じゅう水玉なんだけど」 抗議をする声を聞きながら、反対側へも印をつける。 「これじゃあ、外で着替えも出来ないよ。事故にでも遭ったらどうすんの?」 「事故には遭わないでください。それから着替えも駄目です。俺の見てないところでまた落書きされたりしたら嫌だから」 心配で仕方がないのだ。 もちろん、充が自分以外の誰かに心を移すとは思っていない。思ってはいないが心配は別だ。 四月に充は希望通り開発研究部へ配属になった。同じビルの中とは言え、前のように一日中一緒というわけにはいかない。 可愛くて、無防備で、自分の魅力に一向に気が付いていない様子の恋人に悪い虫がつきはしないかと気が気でない。 部署が変わったのに秋元も「野坂さん、野坂さん」と未だに懐いて、暇さえあれば飲みに誘ってくる。 戸部だって完全に信用したわけではない。バレーの試合の後、あいつは充を風呂に入れようとした。その罪は許し難い。 自分以外の誰かが充に触れたと思うだけで、本当は胃が裏返りそうなほどの怒りがある。 充自身がそれを死ぬほど後悔しているから、絶対に言わないけれど。 どいつもこいつも疑わしい。 充が言うように、遠藤がもし生粋のノンケだとしたら、それを落としたというだけで、その破壊力は立証済みなのである。特に、遠藤とこうして付き合うようになってから、仄かに漂う色気というかなんというか、とにかくオーラが半端ない。 もともと酒の弱い人が、ほんのり頬を染めて、流し目なんか送られてみろ。一発でお持ち帰り決定だ。 だから秋元なんかと絶対に二人で飲みになど行かせられないのだ。 自分がこれだけ夢中になるのだから、他の奴が目をつけないはずがない。 遠藤自身、自分の嫉妬深さに驚いてもいるし、馬鹿になっているとも思う。 思ってはいるが、止められないからこうして二人でいる間にせっせとマーキングをしているのだ。 背中にでっかくマジックで『遠藤私物』と書きたいぐらいだ。 |
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