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たったひとつ大切に想うもの
13

 穏やかに、高校生活は過ぎた。
 俺はじじいの言うことを無視して、俊彦と同じ高校に進級した。
 学校へ行くと、周りの生徒も先生も一瞬怯んだような、そのあと怯んだ自分を誤魔化すような、妙な表情を浮かべて、目をそらしたり、ぎこちなく笑ったりした。反応は様々だったけれど、俺の通り過ぎた後でざわざわとさざ波のような音がするのは一緒だった。
 俺のあの事件に関しては、学校側から箝口令が敷かれていたが、そんなものはきっと効力がないだろう。構わない。何を噂されても平気だ。俺には俊彦がいるのだから。
 そういえば、俺が休んでいる間、一度だけ小野寺洋子が見舞いにきた。好奇心が強く、勝ち気な性格は相変わらずで、あの事件の後、周りのだれもが興味を持ったには違いないが、よくもまあ一人で見舞いなんかに来られたもんだと逆に感心して、今回は部屋に上げてやった。
 部屋に入った小野寺洋子はきょろきょろと落ち着かない様子で、いつかテレビで見たミーアキャットみたいだった。泥棒顔で挙動不審の動物だ。
 俊彦以外の初めての訪問者に雪野が「あらあら、まあまあ」と大仰に騒いだ。昔、菜の花を持ってきた奴だとは分かっていないみたいだった。
 今回は花の代りに休んでいる間の授業のノートと、退屈だろうからと何冊かの本を持ってきた。一応「悪いな」と言って受け取ったら、こっちがお礼を言ったのに「ふん」と横を向かれた。俺も大概態度が悪いが、こいつも相当だと思う。そのあとはお互いに話すこともなく、雪野が持ってきたジュースを飲んで、帰って行った。
 帰り際に小さな声で「お大事に」と言われた。
 高校に入ってから、俊彦はいつも俺の側にいた。登下校はもちろん、授業の合間も俺のいる教室にやってきて、俺の側にいる。周りから隔離するように俺を守っていた。遠巻きに俺たちを見る奴らはもう何も言わなかった。
 あの日以来、俊彦は俺の部屋に泊まってはいない。二人の関係は変わらないようでいて、微妙に変わっていた。
 俊彦が俺に何を求めているのかが、わかってしまったから。だから、不用意に「泊って行け」とは言えなくなった。
 俊彦のことは好きだし、今でも俺にとってただ一つの大切なものだし、あいつが望むのなら与えてもいいと思う気持ちもある。
 俊彦はそうなっても絶対に俺を傷つけるようなことはしないと思うし、きっと大切にしてくれると思う。
 だけど……怖いのだ。
 自分の中にある、自分でも抑えられない血が流れていることが怖いのだ。
 一つが壊れたら、すべてが無くなってしまうような得体のしれない恐怖がある。その恐怖の根源がどこにあるのか分からないのも怖かった。
 何より怖いのは、俊彦が俺を見て……あいつらのように吃驚して、それから笑われたらどうしようというものだった。
 学校の帰りに家の前で別れるとき、また明日な、と言って俺を見送る時、俊彦は苦しそうな、困ったような顔をして俺を見る。
 人目のない所では別れ際にキスもする。
 だけど、そこまでだ。俺は部屋に寄れとも、泊まっていけとも言わない。俊彦も同じだ。
 ずっと一緒にいようと約束をした。だから焦ることはないんじゃないかと考えを落ち着かせている。
 高校を卒業して、俊彦の行く大学へ追いかけて行って、そのあともきっと、ずっと一緒にいる。いっしょにいようと約束をしたのだ。
 だから今はまだこのままがいいと思うのを、優しくて聡い俊彦はきっと分かっているのだと思っている。
 キスは何度もした。
 触れるだけの子供のようなキスでも、俺は嬉しくて、恥ずかしくてちょっと照れてしまう。でも、それだけのことで、俺はひどく幸せだった。







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