INDEX
たったひとつ大切に想うもの
19

「俺には駄目だって言ったくせに」
「俊彦?」
「いいって言うまで我慢しろって言ったくせに」
「そ、それ、それなんだけど、あのさ、森が言ってたんだけど……」
 言い終わる前に強い力で口を塞がれた。許可していないのに、強引に唇を割った舌が入ってきて、俺の舌をとらえたかと思うと、すぐさま引きずり出されて強く噛まれた。突然の乱暴なキスに思わず跳ねのけようと腕を動かしたがそれも両手で押さえられて体ごと倒される。
「んーっ、ん! ん!」
 痛さと怖さで抗議めいた声が出る。掴まれた両腕は頭の上で一つにまとめられて片腕一本の俊彦になんなく留められた。息を継ごうと逸らした顎をもう一つの手で捕らえられ、また乱暴にうばわれる。
 違う。こんな風にしたいんじゃない。こんな無理やりなことをしなくてもよかったのに。ずっと待っていたのに。なんでこんなことをするのだと、反抗心が芽生えて、入って来ようとする俊彦を拒んで歯を食いしばった。
 俺の拒絶をどう捉えたのか、一旦顔を上げた俊彦の眼はすわっていた。挑むように見据えられて体が固まる。
「あいつに何を教わったんだ?」
 道での会話を聞かれていた。それで何か誤解をしたのだと思った。
「エッチの仕方? 陸君はエッチなの?」
「ち……がう! 森とは、そんなんじゃ、ないって」
「陸」
 首筋に落ちてきた唇に薄い皮膚をジュッと吸われた。反対側にも同じようにきつく吸いつかれる。
「違うから。俺……と、しひこっ、俊彦だけだから!」
 拘束されていた力がふっと弱まった。じっと見降ろされて、真意を確かめようと覗かれる瞳に必死に訴える。
「他の……誰にも、触られたりとかしてないし、俊彦以外に……触られたくないから」
「……陸」
 ようやく誤解が解けたらしいと少し優しくなった俊彦の顔を見てほっとする。手を放してほしいと身を捩ったが、それは解いてもらえなかった。
「本当だから。だから、手、放して」
「じゃあ、いいよな。陸」
 掴んだ腕はそのままで、もう片方の手が制服のシャツを引っ張って中に入ってきた。
「あ……」
 シャツを手繰った手が肌を直接撫で始める。ゆっくりと、でも圧倒的な意志を持った強い力で俺の体を這いまわる手の熱さを感じた。首まで上げられたシャツを顎で押さえるようにして、俊彦の手がまた降りて行く。やがて胸の尖りを見つけると可愛がるようにクリクリと弄ばれ、弾かれた。
「うっ、あ……」
 感じるとか、気持ちがいいとか、分からなかった。ただ敏感な場所を弄られて体が跳ねる。
「陸……」
 吐息のような俊彦の声が熱い。
「待って、待って、俊彦っ!」
 何かが違う。こんな風に一方的にされたいわけじゃない。もっと、なにかわからないけれど、もっと、こう、時間をかけてお互いに高まっていきたいのだ。
 今、俊彦は俺のことを考えてしているのだろうか。俺を愛したいという想いで触れてくれているならきっと、こんなに怖くはないはずなのに。違う、違うと頭の中で叫び続ける。だけど自分のことに夢中な俊彦には、俺の声が届かない。
 カチャカチャと金属音がして、ベルトが緩められると、下着と一緒にズボンを引き降ろされた。半端に降ろされたズボンが腿の付け根で止まっている。性器だけを取り出され、割って入った俊彦の腰で押さえつけられた。
「やだ、止めて、俊彦。これ、こんなの、やだ」
 腕を押えたまま、俊彦はもう片方の手で自分のジーンズに手をかけ、同じように自分のモノを取り出した。
「陸、大丈夫だから。じっとして」
 宥めるように言われても声が興奮で上ずっていて全然大丈夫じゃないと言っているようだ。嫌だと首を振るが、これも強引なキスで閉じ込められる。押しつけられた俊彦のペニスは大きかった。俺のと一緒に手に包んで上下にしごかれると、みるみる嵩を増して固くなっていく。怖い。
 手の動きに合わせて腰を揺らし始めた俊彦の体は重く、発熱しているように熱かった。「ふっ、ふっ」と息を吐きながらいやらしく腰を押し付けて揺らしている。俺が怖いのも、全然感じていないのもわかっていない。ただ自分の欲望を押し付けて動物のように自分の動きに集中している。
 動きが早くなって、上下だけでなく、ぐりぐりと回しながら俊彦が呻いた。
「陸」と呼んだ名前はいったい誰のことなのか。俺のことじゃないと思った。俊彦が俺だと思ってこんなことを、嫌がる俺に、こんなひどいことをするはずがない。
 生暖かい感触が下半身に広がる。俊彦の動きが緩慢になって、それでも動く動作をやめない。
 やがてゆっくりとした動きが完全に止まり、のしかかっていた重みがふっと軽くなった。
「陸」
 呼ばれても返事をしないでいたら、もう一度キスをされた。今度は優しいキスだった。だけど、今頃そんなキスをされても俺の気持ちはすっかり冷めきっていて、何も感じなかった。
「陸」
「どけよ。重い」
 俊彦の下から体を抜いて身支度をする。
 みじめだった。
 こんなことを望んでいたんじゃない。違う。こんな……。
「……汚い」
「陸」
「風呂入ってくる。汚れた。……気持ち悪い。気持ち悪いっ!」
「……陸」
 俊彦の顔が悲しそうに歪んだ。そんな顔をされても、気持は動かなかった。
 嫌だって言ったのに。やめてって頼んだのに。
 今さら反省しても遅い。
「陸、悪かった」
「うるさい。許さない。絶対に許さない」
「陸」
「あんな……ひどい。俊彦、汚い。嫌いだ」
 考え付く限りの抗議の言葉を並べた。
「馬鹿みたいに腰振って、あんな……いやらしい。犬か猫みたいだ。なんだあれ? 気持ち悪い……二度と俺に触るな」
 あんな俊彦は見たくなかった。あんな動物みたいな俊彦は嫌いだ。
 項垂れた頭を一瞥して、乱暴にドアを閉めた。足音も荒く風呂場へと駆け込む。乱暴に服を脱ぎ、シャワーの下に飛び込むと、皮膚が赤くなるほど体を擦って洗った。
 何度も何度も洗った。
 洗いながら俺をこんな気持ちにさせた俊彦を繰り返し罵る。
 許さない。
 泣いて謝ったって許すものか。
 土下座したらその頭をけり倒してやる。
 まだ半分ほどしか溜まっていない湯船に膝を抱えて蹲った。恐怖と羞恥とみじめさは今やすべて怒りに変換されている。
 俊彦の行動を、深く反省させねばならない。
 二度と俺にあんな真似をしないように言い聞かせなければならない。
 森とのことを変に勘ぐってやきもちを妬いたのは仕方がないが、俺が違うといった時点で俊彦は俺の話を冷静に聞くべきだったのだ。
 部屋に戻ったら、そう言い聞かせてやろう。自分がどんなに俺に対して酷いことをしてしまったのかを存分に後悔させて、許すのはそのあとだと思った。
 今日は部屋に泊まらせるのはやめにした。夕飯は雪野がもう用意してしまっているだろうから仕方がないとして、その間も俺の気が済むまで口をきかないでいよう。
 そんなことを考えながら出て行った時と同じように乱暴に部屋のドアを開けた。
 部屋に俊彦はいなかった。
 俺に謝りもせずに、俊彦は自分の家に帰ってしまっていた。






novellist