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たったひとつ大切に想うもの
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 東京駅の改札を出て迎えを待つ。
 この春無事に合格した俺は、東京で一人暮らしをするために上京していた。初めての一人暮らしということで、俊彦の親父さんが「うちのを存分に使ってやってください」と言ってくれて、駅に俊彦が迎えに来ることになっている。会うのは半年ぶりだった。
 年末に帰ってきた俊彦は俺が模試に行っている時に挨拶にきたらしい。俺も合格するまではと自分を抑えていたから、会いに行くことはしなかった。今思えば、会いにいって決定的に拒否されたら、落ち込んでしまって受験どころじゃなくなると、心のどこかで怯えていたのかもしれない。
 東京に行きさえすればと、そればかりを考えて、この半年を過ごしていた。
 沢山の人ごみの中に立つ俊彦の姿をすぐに見つけた。
 濃紺のベンチコートを羽織って大股で歩く体は、人ごみの中でも頭一つ大きくて目立っていた。髪が少し伸びて、目にかかるのがうっとおしいのか、何度も右手で前髪をかきあげている。真っ黒だった髪の色は遠くからでもわかるほど茶色く染まっていたが、周りの人と比べてびっくりするような派手な色ではない。  
 雑誌なんかに載っているモデルのような雰囲気に、周りも注目している。派手と言うほどではないが、田舎にいたときとは大分違う姿に少し違和感を覚えた。だけど、そう感じるのはきっと俺だけなのだろう。
 改札付近にぼーっと立っていた俺を見つけると、俊彦はそのまままっすぐこちらへやってきた。
 会ったらなんて言おうかとあれこれ考えていたが、顔を見たら結局何も言えず、黙って立っている俺に、俊彦は「荷物」と短く言って手を伸ばした。言われるままに持っていたバッグを渡すと、「こっち」とこれも短く首を振って歩く方向を促され、慌てて後を追うようについて行った。俺より十五センチは高い俊彦が大股で歩くと、追い付くのに小走りのようになってしまい、これにも戸惑う。以前は俺の歩調に合わせてくれていたのに。
 タクシーでじじいの用意してくれたマンションへと向かう。車の中でも無言だった。腕を組んだまま、目を瞑る横顔はすべてを拒否していた。何も言えなくなってしまう。
 合格さえすれば、同じ大学に入って会いさえすれば、元通りになれると思っていた。俊彦が迎えに来てくれると聞いた瞬間、これで大丈夫だと安心していた。
 上京する俺に、じじいが何かと助言めいた説教をしていたが、ほとんど聞いていなかった。俊彦がいるから大丈夫。俊彦に全てを任せれば何も困ることはないと高を括っていた。
 こういう時、自分から歩み寄る方法を知らない。人に謝ったことも、人を許したこともなかった。気を引こうなどと考えなくても、俊彦はいつも側にいてくれた。だから今、どうしたいいのか分からなかった。
 じじいの用意した俺の住まいは、俺と俊彦の通う大学から三駅ほど離れた場所だった。駅からは歩いても十分はかからないと言っていた。昔はじじいの持つ学生寮のような所があったが、今はない。こっちにいるじじいの息のかかった知り合いに探させたらしい。
 俊彦の住むアパートは、俺の住むマンションと駅を挟んで反対側にあると親父さんに聞いていた。
 上京するとき、雪野と一緒に行って生活の準備を手伝って貰えと言われていたが断った。全部俊彦にまかせるつもりだったから、後で何とでもなるとそこでも軽く構えていた。
 受験の為に何度か来たことのある東京だけど、車窓を流れる見知らぬ町並みを目の端に捕らえながら、今更ながら心細さを感じた。
 やがて目的の場所へ着いたらしく、車が静かに止まった。後部のドアが開いたから、何も考えずに降りる。
 奥に座っていた俊彦は動かないままだ。もしかしたら本当に迎えに来ただけで、このまま自分のアパートへ帰るつもりなのかと思った。仕方がないから車の後ろに回って、トランクから自分の荷物を出していると、いつのまにか降りていた俊彦が出すのを手伝ってくれた。ほっとした。








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