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たったひとつ大切に想うもの
24

 俊彦と約束した日まで、ほとんどを部屋で過ごした。何処にも行きたくないし、何も興味がない。荷物を片付けながら、約束の日が来るまでじっと待っていた。
 外に出たのは一度だけだ。その日は同じく東京の大学に進学した森と会う日だったからだ。お互いに田舎物同士、有名な新宿のビルの前で待ち合わせをした。
 行き方を俊彦に聞こうと思ったが、なかなか電話が通じない。部活とバイトにきっと忙しいんだろう。それに、俊彦は俺が森と仲良くするのを気にしているから、言わないほうがいいのかもしれない。
 携帯で新宿への行き方を検索して待ち合わせの場所へ向かった。俺もそれくらいは自分で出来るようにならなければいけない。
 電車に揺られながら、上京する間際にじじいがいつものようにもっともらしく説教をしてきたのを思い出す。
「ちゃんと自立して人様に迷惑をかけないように心がけなさい」
 何言ってんだ? 自分にかけるなっていう意味だろう。わざわざそんな遠まわしな言い方をするのがうざい。
「新しい場所で友達をたくさん作りなさい」
 これも何言ってんだ? だ。そんな物いらない。なにもいらないんだ。
「そこでたくさんの事を学んで、自分に欠けたものを埋める努力をするといい」
 馬鹿らしい。欠けた物? じじいはやっぱり何も分かっていない。
 欠けた物っていうのは、欠ける形があるものだ。俺にはそんなものはない。埋める努力? 形がないものをどうやって埋めろというんだ。
 俺は欠片そのものなのだから。その欠片さえ大事に守っていればいい。それが無くなったら消えてしまう。それだけで出来ているんだ。
 この間までは、その大事な欠片を無くしそうになっていた。だけどもう平気だ。だって俊彦がいてくれるから。だからもう何も心配することはない。
 待ち合わせの場所に森が立っていた。
「陸、久しぶり。どうよ、新生活は?」
「別に。変わらない」
「おお、余裕の発言だね。こっちは大変よ。慣れるのにさ……って、お前、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「そうか? 何ともないけど」
「なんか少し痩せてない? ちゃんと飯食ってるのか?」
「ええと……」
 そう言えば俺、いつ飯食ったっけ? あんまり覚えがない。
「取りあえず、どっか入ろうぜ」と、近くにあるバーガーショップへと連れて行かれた。久しぶりのハンバーガー、とういか、食べ物を口に入れるのが久しぶりなのか、なかなか飲み込めなくて、少しずつ口に運んでコーラで流し込む。炭酸が胃に浸みる感覚があった。
「……大丈夫か?」
「平気だ。コーラとか飲む、のが、久しぶりだから」
「そうか。まあ、お前おぼっちゃんだからな。自炊とか出来ないんだろ」
「やろうと思えば出来るけど……」
 する気にならないだけだ。でも、これじゃあ体に良くない。今日からでもやってみよう。俊彦にいつも作らせるのも可哀相だし。
「波瀬さんとは? 会ってる?」
「うん、うん。会った。こっち来る、とき迎えに来てもらった。明後日、学校案内して、もらう」
「そうか。よかったぁ。ちょっと気にしてたんだよ。仲直り出来たのかなって」
「出来た。俊彦笑ってた」
「そうか。よかったな」
「うん」
 心配していたという森は本当にほっとしたようだった。
「ほら、お前ちょっと凄かったろ?」
「何が?」
「んーと、なんか鬼気迫るっていうか、取憑かれた感じでさ」
「そうだったか?」
「んー、まあ、あの時期はみんなそんな感じだしな。俺も自分の受験で、ちょっと他人のことに関わってられなかったし。でも、よかった。波瀬さん変わりない?」
「うん。格好良くなってた。こう、髪とか長くなって、茶色で」
「茶髪ぅ?」
「でも、でも、そんな派手じゃ、なくて。モ、デルみたいだった」
「へえ。なんか想像できないな。今度会わせてよ」
「そのうち、な」
 俺の話を聞いて森が笑った。何が可笑しいのかと見返すと「お前、そんなあせってしゃべんなくてもいいよ」と言われた。どもりはしなかったが、センテンスの区切りがおかしいらしい。まあ、人と話すのが久しぶりだったからしょうがないか。大学が始まって、俊彦といるようになればそのうち治るだろう。
 その後もとりとめのない話をして別れた。入学式が済んだら、今度は小野寺も誘って三人で会おうと誘われた。そうだ。森は小野寺洋子が好きだったんだ。同じ大学に行けたし、これから頑張るらしい。
 部屋に帰って決心したとおり、ご飯を作ろうと思ったが、材料がない。買い物も億劫だったし、さっき食べたハンバーガーがまだ胃に溜まっている感じがする。今日はもう食べなくてもいいかとそのまま寝ることにした。
 寝れば明日が早く来る。明日が過ぎればその次の日は俊彦と約束した日だ。







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