INDEX
たったひとつ大切に想うもの
25

 連絡をくれるのかと待っていたが俊彦からの連絡はなかった。いつまでもあいつ任せじゃいけないと思い直して電話をする。学校へ連れていってくれると約束をした当日の朝だった。
「……はい」
 出てくれた。出てくれた。よかった。
「あの、あの、今日、約束してた。学校、案内するって」
「ああ、そうだったな。俺、もうこっち来ちゃってるから。朝一で用事があって。一人で来れるか?」
 電話の向こうからざわついた声が聞こえる。テニスをやっているから、朝練とかがあったのかもしれない。迎えに来てくれるものと勝手に思っていたが、部活なら仕方がない。
「行ける」
「そうか。じゃあ、十一時でどうだ?」
「わかった」
 電話を切って支度をする。時間はまだある。何か食べてから出かけようか。でも、十一時っていうなら昼はどこかで食べるんだろう。顔を洗って、歯を磨いて……あれ? さっき洗ったっけ? いいや、いいや、もう一回洗えばいい。何を着ていけばいいだろう。俊彦はモデルみたいに格好いいからあんまり変な格好は出来ない。俊彦が恥ずかしい思いをするから。外は暑いのか? 寒いのか? 分からない。ずっと部屋から出ていないから。俊彦に電話で聞こうか。何着ていったらいい? って。
 電話をしたら今度は出なかった。ああ、そうか。用事があるって言ってた。忙しいのに悪いことをした。服はどうしよう。ああ、森と会ったときに着ていた物がいい。あの時、森にも何も言われなかったから、きっと変じゃないだろう。昨日も着てたけど、でも、きっと平気だ。
 待ち合わせの大分前に着いた。時計を忘れたから正確な時間は分からない。法学部に近い正門の前に立って構内の様子を眺める。ここで俊彦と一緒に学ぶんだ。俊彦はサークルにバイトにと忙しいから、その間何をしていようか。それも俊彦に相談しよう。
 たくさんの学生の中にいても俊彦の姿はすぐに見つけられた。俺の方を見ながらゆっくりと歩いてくる。 
 早く来ておいてよかった。時計を忘れて時間が分からなかったから。でも、俊彦のことだからきっと早めに来ているはずだ。俺を待たせるはずがない。俺が早く来すぎただけだ。時計を忘れたから早く着きすぎたんだろう、きっと。
「悪い。大分待たせた」
「平気だ」
 だって俺が早く着いただけだから。
「こっち」
 構内を案内される。試験の時に来ていたから自分の行く教室なんかはわかっている。ここが食堂。ここが売店と俊彦が教えてくれる。友達が多いらしく、歩いていると何度も呼び止められて、そのたびに少し後ろで待つ。
 大学生協の入会の手続きを教わりながら、用紙に記入する。教科書は授業が始まってから、教授が指定するものを購入すればいいらしい。それでもその前に、これは持っていた方がいいと、俊彦のアドバイスを素直に受け入れて、何冊かの参考書を買った。専門書に近い本たちは、かなりの重さになった。二重にした紙袋を俊彦が持ってくれる。自然に荷物を持ってくれたことが、殊更に嬉しくて、早足の背中を跳ねるようにして付いていった。







novellist