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たったひとつ大切に想うもの
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 紙人形たちがしょっちゅうやってくるから、僕は退屈をしなくなった。
「退屈の刑」なのに、変なのって思うけど、でも、「退屈の刑」って考え出したのは僕だったから、そもそもそこから間違っていたのかもしれない。
 一回は大勢の紙人形たちに囲まれて、体をぐるぐるに縛られたことがあった。ちょっと怖かったけど、どうせ体動かないんだし、痛さも感じないから、新しい遊びなのかなって思うことにした。でも、縛られたのはそれ一回きりだったから、よかったと思っている。
 灰色君がまたやってきて、僕を餌付けしようとする。いろんな色紙をかざして、僕の目の前でヒラヒラとするのが「美味しそうだろう?」って言っているみたいに見える。僕が食べられないと、やっぱり少しがっかりしてそれからほっぺをスリスリする。時々、チョンチョンって突っつくこともある。痛くはない。
 そうされながら、ああ、僕も君たちのようになれたらいいのになあって思う。そうすれば紙のご飯も食べられて、灰色君に喜んでもらえるのに。
 灰色君は僕に仲間になってもらいたいのかな。他に友達はいないのかな。
 僕には少ないけど、友達がいた。今頃どうしているんだろう。
 会いたいな、と思った。
 僕はこのままなのかな。消えることもできないで、灰色君たちの仲間にも入れないで、ずっとこのままなのかな。これが、僕に与えられた罰なのかな。
 神様ごめんなさいって謝ってみる。
 声が出せないから心の中でだけだけど。何を謝ればいいのか、いまいち分からないし、悪いことをした数を上げたらたくさんありすぎて、かえって罪が重くなるような気がしたけど、でもとにかく一生懸命謝ってみた。
 ――謝りますから、僕はここから出たいです。
 
 今日も灰色君がやってきた。ちょっと嬉しそうに踊っている。なんだか楽しいことがあったみたいだ。僕も少し嬉しくなる。色紙を出す前に、僕のほっぺをスリスリした。スリスリしながらゆらゆらしている。よっぽど楽しいことがあったみたいだ。
 それから、いつものようにポンッと手品のように紙のご飯を紙の手に出した。だけど今日のはいつもと違っている。いつも、赤や、緑や、様々な色の色紙を持ってくるのに、今日のはちょっと光って見える。紙じゃないみたいだ。
 ふわふわと柔らかそうに揺れているそれを持って、灰色君がまた踊った。もしかしたら、僕のために紙じゃない食べ物を探してきてくれたんだろうか。そうだったら嬉しい。もし、僕がそれを食べられたら、灰色くんは喜ぶだろう。
 ふるふるの光った食べ物が僕の目の前に来た。不思議なことに、今まで全く動かなかった僕の体が少しだけ前に傾いで、その食べ物を迎えに行った。開かない口を一生懸命に開けて、口の中に入れてもらう。
 やっぱり紙じゃなかった。
 口の中でふわっと溶けたそれは、僕のよく知っている味のような気がした。なんだったっけ? 僕はこれをよく知っている。
 ああ、そうだ。思い出した。
 ――雪野の……プリンだ……
 突然、周りの白が溶けていった。砂がこぼれ落ちるようにサアァー、と溶けて、白以外の色が目に飛び込んできた。
 すぐに見えたのは壁だった。白い。だけど今まで僕が見ていた白と違う、白以外の別の色の混じった白だった。
 ゆっくりと目を動かすと、白衣を着た人が立っているのが見えた。その後ろに祖父と祖母が立っている。雪野さんが顔に手を当てて、泣いているようなのも見えた。ああ、プリン美味しかったよ。ありがとうって言おうと思ったけど、口が動かなかった。
 白衣を着た人が僕の体をペタペタ触りだした。顎を上げたり、手を揉んだり、目の下を引っ張って覗き込んだりした。それから僕に向かって何かを言った。
 聞こえなかった。
 蝉の声も聞こえなかったけど、その他のどんな音も聞こえなかった。「聞こえません」って言おうとしたけど、言えなかった。声も出ない。体も動かなかった。
 どうしちゃったんだろう。
 神様にお願いして白い世界から出てこられたのに、あそこにいたのと変わらず、僕は動けないままだった。







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