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たったひとつ大切に想うもの |
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祖父はそれを知り、僕の里親のことを調べてくれた。僕がどういう経緯で里親の元から手放されたのかを懸命に調べてくれたのだ。 僕が送られたあの養護施設は何年も前に閉鎖されていた。だから、僕に関する書類も全て消失していた。祖父はそれをとても残念がった。そして謝ってくれたのだ。 母が亡くなり、僕の存在を思い出し、探した祖父は、その頃の自分の政治力を生かして僕を見つけた。そして訪ねた先の施設で、確かに僕に関する資料を目にしたと言った。だけど、手放した里親に関しては何も調べなかったと、後悔の想いを込めて、僕に聞かせてくれた。 孫をとり戻すだけだからと、その頃僕が持っていた全てを置いて行けと言われた。だから僕は赤ん坊の頃のなにもかもをその施設に置いてきたのだ。 その資料の中に、写真があったと祖父は言う。二人の夫婦と思われる大人の腕の中に抱かれる赤ん坊の写真だったと。背景には寺の境内のようなものがあり、赤ん坊は白いレースのついた産着を着せられ、大事そうに女性の腕に抱かれていたと。二人は笑っていた。たぶん、百日参りの時に撮ったものだろうと祖父は言った。 愛されていたのではないか。何かやむにやまれぬ事情が生じて、泣く泣く僕を手放したのではないかと、そう言って、祖父は頭を下げた。 そして、その後の里親のことは今になっても何も分からず、何の手がかりも得られていない。彼らが今どのようにして過ごしているのか、生きているのかさえ分からない。 もっと早く教えてやればよかったと、祖父は涙を流した。引き取った孫が、昔の親を恋しがるのが怖かったと。 それだけで十分だと思った。 少なくとも、僕を引き取って、家族として幸せな時期があったということがわかっただけで、救われる想いがした。 謝りながら、背中を丸めて震える祖父にそう伝え、「ありがとう」と言った。 そのことも、戸倉先生にはメールで知らせた。先生は「それはとてもよかった」と喜びのメールを返してくれた。 「それでね、その陸君の持っている記憶のズレなんだけどね。他にもあるみたいなんだ」 先生は相変わらず穏やかな表情をしたまま、少しだけ居住まいを正して僕の顔をじっと見つめた。 「他にも?」 「そう。君のお母さんのことなんだけど」 「母の……」 「君のお母さんね、亡くなった原因は、君の聞いていたものとは違っていたよ」 「え……」 凍死したと、狂って町を彷徨った末に死んだのだとずっと思っていたことが、事実と違うと聞かされて困惑した。 「癌だったそうだよ」 僕を産んで、実家に戻ったあとに患って、そして亡くなった。もちろん治療を受けていた病院で。精神的に弱った時期もあったが、僕が言ったような狂態はなかったという。 反対をされて駆け落ち同然で家を出た事実も、同棲の結果僕を身ごもったのも事実だが、それも僕の記憶と違うという。 母と父は正式に結婚をしていた。僕を身ごもったことを知った二人はきちんと夫婦になっていたのだ。その後、連れ戻された母が再婚をした事実もないという。 僕の持つ母の情報は、先生だけにしか教えていないから、祖父も祖母も僕が知っていることを知らない。もちろん先生も僕が話したことを伝えていないから、祖父には単純に僕の母はどんな人だったのかを聞いたそうだ。 「君のお父さんに当たる人と出会って、君が生まれた。だけど、若い夫婦はやはり生活が苦しかったらしい。無理をしたんだろうね、雇われていた運送会社のトラックで事故を起こしたんだそうだ」 事故の原因は運転手であった僕の父の完全な過失だった。運転していたトラックは、会社から借りていたが、メンテナンスは自分でしなければならず、車検に払う金にも困っていた父は、車検切れしたトラックで事故を起こし、人を死なせてしまった。悪質な行為と見なされ、彼は実刑という形で交通刑務所に入り、服役をしていたという。 事を知らされた祖父は母を無理矢理に連れ戻し、生まれた僕と強引に引きはがした。犯罪者となってしまった父を祖父は決して認めず、会うことも許さなかった。刑期を終え、母を訪ねた時、すでに母はこの世を去っており、僕もいなかった。そして父もどこかへ消えてしまった。 「すべて自分が元凶だとおっしゃっていたよ。陸君はきっとそれを知っていて、自分のことを憎んでいたんじゃないかって」 「そんなこと……」 まるで違う事実に打ちのめされていた。じゃあ、僕が聞かされたあれはいったい……。 |
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