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たったひとつ大切に想うもの
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 夢を見た。
 小さい頃から幾度となく見続けた、嫌な夢だ。
 逃げる僕を黒くて恐ろしいものが追いかけてくる。
 逃げても、逃げても追いかけてくるそれを振り切ろうと、泣きながら走り続ける。
 怖い。やめて。あっちに行けよ。
 泣きながら叫び、最後には捕まる。腕を掴まれ、暴れる僕の耳に生暖かい息がかかる。
 それから聞きたくない、恐ろしい言葉を浴びせられ続ける。
 嫌だ、嫌だ、やめてよと身体を捩って暴れても、その手は離れない。僕が疲れてぐったりするまでずっと笑いながら、耳元でその黒くて怖いものは話し続けるのだ。
 だけど、僕はもう、その怖いものの正体を知っている。今はもう、怖くないのだと分かっている。可哀相な、寂しいものだと知っている。浴びせられる言葉が全て嘘だと知っている。
 掴んでいた力が弱まっていく。
 前の方に明るい光が射している。こっちは安全だよと手招きをしているようだ。
 そっちへ行くよ。
 顔を上げて、光の方へと応える。
 耳元の生暖かい息が消えていく。
 急に軽くなった身体でまっすぐに光の方へと歩いて行く。
もう大丈夫だ。
目を覚ました僕は、布団の中で笑っていた。
 もう、この夢を見ることはないかもしれない。






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