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たったひとつ大切に想うもの
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 そんなことをメールに認(したた)めて戸倉先生に送っていた。
「解決方法を見つけてみたいと思わないかい?」
 僕のそんな考えを先生はちゃんと見ていてくれて、そして僕に提案をしてくれた。
「僕の卒業した大学に、児童心理学科というのがある。福祉科もあるし、介護の勉強も役に立つよ」
「介護? 僕が?」
「そう。例えばお年寄りなんかは耳の遠い人が多いだろう? 君のように伝える訓練をしている人が案外向いているんだよ。色々な選択肢が広がるよ」
 臨床心理士という職業があることも初めて知った。国家資格はないが、カウンセラーとして働く道もあるのだと。
「君の経験を生かして将来陸君と同じような境遇の子供を見守る手伝いも出来るし、聾唖者やその家族のサポートの仕事もある」
 その話にはとてもそそられた。僕の経験が誰かの助けになるなら、とてもやりがいがありそうだと思う。
 そんな勉強が出来たらいいなとは思ったが、だけど……。
「取りかかってみて色々と選んでいけばいい。道はどんどん広がるよ。そりゃ、いきなり一人暮らしをしながら大学へ通うのは無理があるだろうけど、でも、君の場合、波瀬君だっているわけだろう。協力してもらえばいい」
「協力って……」
「一緒に住んでもらうとか」
「そんな、そこまで迷惑はかけられないです」
「なぜ?」
 何故って……。そこまでしてもらう理由がないからだ。
「彼なら喜んで協力してくれるだろう? 家族の方たちだって安心すると思うし」
 それは分かっている。今日だっていつものように波瀬さんに付き添われてここに来ているのだ。
 相変わらず僕を迎えに来てくれて、その間は全ての時間を僕の為に使ってくれている。だけど、こっちに住むことになればそうはいかないだろう。
 東京にいる間、波瀬さんがどんな時間を過ごしているのか僕は知らないし、そのことはあまり考えないようにしている。考えることが、想像することが、つらいからだ。
 申し訳ないと、感謝していると思いながら、心の底でそれ以上を望む自分がいる。離れているから自分を抑えていられるのに、こっちへ来て、いつでも会えるような状況になってしまうのが怖かった。
 そして、知ってしまうのが恐ろしい。
 波瀬さんの僕以外に大切にしている人がいるということを、目の前でまだ見たくはなかった。
「まだ、自信がありません。もうちょっと考えてみます」
「そうだね。ゆっくりと考えてみるといい。ご家族にも相談してね」
 遠い先の未来に、ほんのわずか光が見えた。そこへまっすぐに歩いていけるように、誰もが協力をしてくれる。
 あとは僕の一歩踏み出す勇気だけなのだろう。
 強い意志が欲しい。揺るぎない強い心が欲しい。


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