INDEX
たったひとつ大切に想うもの
6

 小学校を卒業して入った学校は、中高一貫の私立校だったから、俺は五年間俊彦と一緒に同じ所へ通うことになった。
 遅刻するのが嫌だからと俊彦に我が儘を言って毎朝迎えに来てもらう。俊彦が朝練とか、生徒会の仕事があるとか言って、その日は迎えに行けないと言っても聞かなかった。迎えに来なかった日は当然休んだ。迎えに来ない俊彦が悪いと罵った。
 いつもニコニコ笑っていてちょっと足りないのかと思っていた俊彦は、学校では秀才らしくて、テニス部の花形選手だったし、高学年になったら生徒会に入って忙しそうだった。生徒にも人気があって、先生にも信頼されているらしかった。でも、そんなの俺には全然関係なかった。
 自分の都合で俊彦を振りまわして、うまくいかないとふてくされる。周りがそんな俺を遠巻きに責めるような目で見ていても平気だった。俊彦が構わないのならそれでいい。
 癇癪持ちで嫌なことがあるとすぐに後先も考えずに暴れていた俺も、だんだんと落ち着いてきた。温厚になったとか、優しくなったとかじゃない。相変わらず一人が好きなのは変わらなかったし、ちょっかいを掛けられて、前は手や足が出ていたのが、無視を決め込むことを覚え、しつこい奴には物凄い毒の入った暴言を吐いて相手を黙らせることを覚えただけだ。
 ろくでなしの両親は脳みその作りはそれほど悪かったわけではなかったらしく、俊彦が見てくれたお陰もあって俺の成績は抜群によかった。だから、少々協調性に欠けても学校は問題を起こさない限り、俺を自由にしてくれた。
 じじいも俺の成績には満足している様子だった。そりゃそうだ。そうでなければ俺を引き取った甲斐がないというものだ。
 前の家政婦が教えてくれた通り、母親そっくりだという俺の顔は、造りが他の汚い男子と少し違っていたらしい。時々何かを勘違いした馬鹿女が寄って来て、手紙をくれたり、チョコをくれたりしたが、まるっきり無視をした。手紙は読みもしないで捨てたし、チョコなんて、知らない奴から貰った食べ物なんか気持ち悪くて受け取ることすらしなかった。
 俺達の通う学校は、そこそこの進学校だったが、どこにも落ちこぼれというものはいるもので、そいつらが頻繁にちょっかいをかけてきて、それが少々うざかった。
「ねえねえ、吉沢君、一緒にカラオケ行かない? お小遣い足りないんだけど、奢ってくれない?」
「ねえねえ、吉沢君、勉強わかんないんだけどぉ、得意のカンニングの仕方教えてくんなぁい?」
「ねえねえ、吉沢君、そんな綺麗な顔してるけど、オナニーするときどんなふうにするの? 教えてくれない?」
 わざと女子のいる前で卑猥なことを言って「やだぁ」なんて言われているのを喜んでいる。
「ねえねえ、吉沢君、女に興味がないんだって? 波瀬さん一筋なんだって? 波瀬さんってそんなにテクが凄いの? 教えて〜」
 無視を決め込んでいたのに、俊彦の名前を出されて、はあ? となった。
「あ、反応した。やっぱ図星?」
 こいつら本当に、馬鹿だ。
「落ちこぼれってさ、本当に馬鹿だから落ちこぼれてんのな」
「はあ? 何言ってんの?」
「あ、馬鹿だからじゃないのか。考える力自体がないんだ。よくそんなんで生きていけるな。俺なら恥ずかしくて死んでたかもな。ああ、よかった。お前らみたいに生まれてこなくて」
「なんだと、オラァ!」
 薄くなった眉で睨まれてもちっとも怖くなかった。こいつらも女子と一緒だ。一人じゃ俺に因縁をつけることも出来ないのだ。
「ちっちゃい脳みそ集めて固まってても、いいこと何にもないぜ? あ、でも集めなきゃ話も出来ないか、悪い悪い」
「お前、いい気になんなよ」
「いい気になんかなってないよ。ああ、俺の言ってること、難しすぎて分かんなかった? お前らの脳みそって睾丸に入ってるんだもんな。悪かった。睾丸なんだから、シモのことしか分かんないよな」
 後でクスクスと女子が笑う。別にお前らを笑わせるために言ったわけじゃない。お前らだって同じじゃないか。頭ん中は誰が好きだの、誰が誰とやっただの、そんな話ばっかりじゃないか。
「お前、あとでちょっと顔貸せよ」
「なんで? 貸さないよ。どうせあんたら人数にものを言わせて、俺を襲うんだろ? そんな誘いに俺が乗るわけがないじゃないか。本当に馬鹿ですね」
「っんだと! こらぁっ!」
 一人が右手を振りあげて殴る素振りをした。素振りだけだ。ここで俺を殴る度胸なんかない。それに度胸があったとして、殴られても何とも思わなかった。俺は絶対に手を出さない。そしてお前らは処分されるんだ。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ。先生呼ぶわよ」
 せっかくうざい連中を処分出来るチャンスだったのに、横やりが入った。 
 ペッと廊下に唾を吐いて、如何にも残念そうに、きっと内心は止めて貰ってほっとした連中が引き揚げて行った。捨て台詞を残して。
「覚えてろよ」
「お前らと違って覚えてるよ。クズが」
「ちょっと! 陸君! やめなって」
 こいつもウザい。小野寺洋子だ。俺にあんなにやり込められたのに、懲りもせずに話しかけてくる。小学校の頃の、自分の発言でのいつにない俺の激昂ぶりに涙した小野寺は、俺の地雷を踏んだと、一人で自責の念に駆られているらしい。
まったくどいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。







novellist