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たったひとつ大切に想うもの |
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「いいんだ、陸。本当に寝るだけだから」 おいでと誘う顔は哀願に近い表情をしていた。不安でしようがないと言っているようだ。 ああ、やっぱり、と、ここでも僕は新たな後悔を募らせる。 僕の放ってしまった言葉の毒は、こんなにも彼を傷つけていたのだ。打ち込まれて、刺さったまま、彼を今も苦しめている。 いっそ壊れてしまった僕よりも、その傷は深いのかもしれない。刺さったままの毒は広がり続け、じゅくじゅくと膿んでいるのだ。 どうしたら彼の傷を癒してやることが出来るだろう。僕が彼に癒されたように、どうやったら彼の不安を取り去ることが出来るんだろう。 「陸……」 横たわったまま、僕を見上げる瞳を見返して、僕はゆっくりと自分のパジャマを脱いでいった。 「陸?」 恥ずかしくて、ボタンを外す手が少し震えた。最後まで外すと、そのまま肩からずらして落とす。着ているのはそれ一枚だったから、上半身が露わになる。波瀬さんは驚いたように僕のすることをじっと見ていた。 ズボンを脱ごうとして、一枚一枚脱ぐのもなんだか恥ずかしかったから、思い切って下着ごと降ろして一緒に足から抜いた。何も身につけていない状態が急に心細くなって、ズボンを胸に抱いたまま膝を立てて体を隠す。 起き上がったまま固まってしまっている波瀬さんの目を見つめる。 ここで恥ずかしがったり、躊躇すれば、優しい人は僕を労って触れてはくれないだろうと思った。だから、僕はその目を見つめたまま体を開いて求める自分を晒した。 「と……しひこ」 僕の呼びかけに俊彦が弾けるように上向いた。 「俊彦……としひ、こ」 封印していた名を呼んで、触れてくれと促す。もう、何も怖くないし、どこも嫌じゃない。 「陸」 「……俊彦」 そっと近づいた俊彦は、僕の前に膝立ちをして、それでも信じられないというように僕の目を見た。 伸びてきた手が一旦止まり、迷うように僕の頬を捕らえる。見つめる瞳は僕の目から徐々に下へと降ろされていく。 全てを見られているという感覚に、思わず体が震える。だけどそれは決して恐怖からじゃない。 俊彦の視線が僕の下半身の上で止まった。未成熟な体は、それでも精一杯自分を主張し、熱い視線に耐えかねたようにヒクンと跳ねて、零れた蜜が幹を伝って茂みに落ちていった。 「あ……」 濡れた感覚にため息のような声が漏れた。 こんなに欲しているのに、俊彦はまだ見つめたまま動かない。 どうしたらいい? どうしたら、僕に触ってくれる? 開いた体の中心に自らそっと手を這わせる。俊彦の見ている目の前で、自身を握り、ゆっくりと愛撫してみせた。 「陸」 「あ……、あ……。俊彦……」 先端からまた蜜が漏れて、手を濡らした。見つめ合ったまま僕は手を動かし続けた。体が自然と揺れて、自分で誘っているのが分かる。早く来てくれと、涙のにじんだ目で訴えた。 俊彦が静かに身を沈めた。 傅くように跪き、僕の足先に口づけをする。 「あっ……」 ゆっくりと舌を這わせ、親指を口に含まれた。両手は床に付けたまま、まるで服従のポーズのように身を低くして、僕の足先を愛撫し始めた。 指を含んでいた唇が、甲の部分に上がってきた。大切なものを扱うようにそっと両手で足を持たれ、くるぶしにもキスを受ける。 されるままに俊彦の行為を黙って見ていた。目が合うと、ふっくらと笑って、その唇が上がって来た。 膝頭をチロチロと舐められると、くすぐったくて体が小さく跳ねた。ククっと鳥のように喉が鳴って、俊彦も笑った。 小さい頃に負った傷跡を、愛おしむように唇が撫でている。 俊彦の後を追いかけて負った傷。これが全ての始まりだった。これがなければ今、俊彦はここで僕の膝にキスをすることはなかっただろう。 僕はこの傷に感謝をした。 俊彦もそう思ってくれているのなら、とても嬉しい。 |
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