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たったひとつ大切に想うもの
8

 面談を終えて教室を出たら、窓の外は真っ暗だった。まだ五時過ぎだったが、冬の日の入りは早い。
 担任と進学の最終確認をした。もちろんこのまま俊彦のいる高等部へ進学する。成績は何も問題はなかった。俺の成績なら、高等部に上がっても苦労することはないだろうと担任は言った。外部からの受験生と切磋琢磨して頑張ってくれと淡々と告げられ、「はあ」と気のない返事をした。どこから誰が入って来ようが俺には関係ない。俊彦のいる高等部で高校生になり、俊彦が卒業をしたら、同じ大学に行くだけだ。
「もう少し、周りとの和を大切にすることが、これからの課題だね」
「はあ、そうですね」
 余計な御世話だ。別にトラブルを持ち込んでいないのだから問題はないはずだ。
「修学旅行はやっぱり行くつもりはないの?」
「行きません」
 中等部での九州旅行も行かなかった。高校はニュージーランドへ体験留学形式と称しての修学旅行があって、積み立てがなされている。積立なんかしなくても行こうと思えばいつでも参加できるが、興味はなかった。
 小学校六年の遠足に行けなくなって以来、学校行事としてのそういった旅行へ参加しなくなった。グループに分かれて行動するのも面倒だったし、意味がないことのように思えるからだ。足を捻挫してベッドで寝ている時、俺がいなくてあいつらほっとしただろうなと考えたら、参加しないことが親切だと悟ったのだ。
 学校内での行事には取りあえず参加しているわけだし、体育祭でも文化祭でも頼まれれば文句も言わずに一応出たのだからいいだろう。学年の演劇の出し物で女装をして出てくれないかと遠慮がちに頼まれた時は、返事もせずに一睨みしたら向こうの方で遠慮した。早くこんなバカバカしい場所から解放されたいものだ。
「よーしーざーわー君」
 廊下を歩いていたらいつかの馬鹿連中がにやにやしながらたむろっていた。無視して通り過ぎようとしたが、「おっと」と笑いながら前を塞いできた。後にも回って五人に取り囲まれる。
「どけよ」
「吉沢君、面談最後だったんだ。もう、暗いよ? 危ないから送ってってあげるよ」
 無視して強引に間をすり抜けようとしたが、肩を突かれて止められた。
「今日は波瀬さん、待っててくれなかったの? 一人で寂しいねえ」
 個人面談があるから、この週の授業は短縮でいつもより早く終わっていた。高等部のほうは試験のために午前で終わっている。
 俊彦に言われたとおり、多少は注意をしていたし、俊彦も一緒に行動してくれていたが、いつもそうはいかない。日にちが経って油断していたこともあったし、どうせあんな連中に何が出来る筈もないと高をくくっていた。完全にこっちの考えが甘く、向こうが蛭のようにしつこくて、卑怯だったわけだ。
 身の危険を感じて、それでも冷静に状況を観察した。
 相手は五人。力で対抗しても最後には負けるだろう。今いる場所は校舎の隅で職員室からも、玄関からも遠い。校内にはまだ人の残っている気配はあるものの、やはり玄関近くの明るい場所に集まっている。
 ちょっと厳しいなと思った。逃げてもすぐに捕まるだろうし、興奮させて大けがをするのも割に合わない。ここはいったん素直になって殴らせておけば、向こうも気が済むだろうと思った。
「なんだよ。話があるなら早く済ませろよ。遅くなるとうちが心配して騒ぎ出すぞ」
 部活にも入っていないし、友達もいないから、俊彦を待って帰る日以外は毎日判を押したように同じ時刻に帰っている。夕飯を過ぎる時刻に家にいないことはない。居心地のいい家ではないが、つまらないからと外へ出るようなこともない。部屋で一人、もしくは俊彦と二人でいるのが一番くつろげるからだ。
家の人たちは俺の母親のことがあるから、あまりがんじがらめに縛ることはないが、静かに監視しているのはわかっている。俺が母親のように外で淫乱な遊びを覚えないようにだ。
「わかってるよ。吉沢陸君はおぼっちゃんだからね。すぐに済ませるから、ちょっと顔貸してよ」
「別にここでいいだろう? 人も来ないし、殴るんなら早く済ませてくれよ」
「誰が殴るなんて言った? 俺達暴力反対だしね」
 にやにやしながら腕を掴まれて、一瞬得体のしれない恐怖がせり上がってきた。反射的に振り払おうとした腕を二人がかりで押さえられ、引っぱられる。
「ここじゃ楽しめないから、ちょっとこっちに来てくれよ」







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