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たったひとつ大切に想うもの
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 五人に取り囲まれたまま連れて行かれたのは、廊下の一番隅にある資材室だった。教室の半分ほどのスペースに教材で使う大きなコンパスや、定規、模造紙、地図のスクリーンなどが整然と置かれてある。
 部屋の奥にある教員用の大きなスチール製のデスクの上に仰向けに押し付けられて、浮き上がった足を両側から掴まれた。リーダーが一人に電気をつけろと命令をして、「でもつけると外から見えないか?」と気弱そうな下っ端が聞いていた。
「大丈夫だよ。誰か探し物でもしてるって思うだろうよ。鍵してあるし。それに暗いままじゃよく見えないだろ? 吉沢君の格好が」
 こいつら……。
 五人が自分にしようとしていることを悟って、闇雲に暴れたが、寝かされたうえに四人がかりで押さえられて逃れることが出来なかった。
「あ、吉沢君でも怖いことがあるんだ。なんかいいね、そういう顔」
 ギラギラした顔が上から覗く。厭らしく歪んだ唇が汚かった。汚くて、醜くて、吐き気がする。
「俺たちに殴られると思った? そんなことしたって、吉沢君ちっとも怖くないだろ? 怖がって泣いてくれないと面白くないわけよ。小さい脳みそを一生懸命働かして、どうやったら吉沢君が一番ショックを受けるか考えたんだ。どう? ちょっと見直した?」
 誰が泣くもんかと思った。こんな最低な連中に脅されたって何もショックを受けないと、自分に言い聞かせる。
「お前ら本当に低能だな」
「ああ?」
「こんなことをして、俺が黙ってると思うか? 警察に訴えるぞ」
 右腕を押さえていた一人が明らかに怯んだ。抑える力がふっと緩む。
「ちゃんと持ってろ!」
 一括されてまた力が強まる。
「警察になんか行かないよ、吉沢君は。だって、恥ずかしい写真撮っちゃうもん」
 尻ポケットから携帯を取り出してニヤニヤする。
「裸になって、足おっぴろげて、もっと凄いことになってる写真撮るぜ? それ、警察に言える? 言えないよなあ。どう? 褒めてくれる? 考えたでしょう、俺達。じゃあ、始めようかな、あんま時間ないしね」
 汚い手が伸びてきて、ブレザーのボタンをはずす。ワイシャツのボタンも一つ一つ楽しむようにゆっくりと外されていく。おぞましさにゾワゾワと鳥肌が立ち、思わず目を瞑りそうになるのを必死に堪えて上の男を睨み続けた。最後までボタンをはずすと左右に広げられた。
「シャツは邪魔だな。切っちゃおうか」
 一旦離れた男が資材の置かれた棚から大きめの鋏を持って戻ってきた。シャツの引っぱられる感覚とともにジャギッと布が裂かれる音がした。腹に冷たい鋏が触れる。それが少しずつ上へと移動し首元でパチンと鳴った。
「ご開帳〜。吉沢君、色白いね」
 ざわざわと這いまわる手の生暖かさに身の毛がよだつ。
 汚い、汚い、汚い、汚い。
 下卑た顔で舐めるように這わしている手の持ち主にベッと唾を吐きかけてやると、「バンッ!」という音と共に頭の半分に衝撃がきた。
「てめえっ、なにすんだよっ!」
 キイィーンという耳鳴りがして、ぐにゃりと男の顔が歪んだ。頭を殴られて脳しんとうを起こしたらしい。朦朧としながら、それでも目を閉じることをしなかった。
「……何笑ってんだよ? 頭がおかしくなったのか?」
「殴らないって言ったくせに、殴ってんじゃないか。自分で言ったことも忘れてるんじゃ相当の馬鹿だな」
「うるせぇ!」
 もう一度頬を張られた。
「ビンタぐらいで済んでよかったと思えよ。あんまり減らず口叩くと腕を折るぞ」
 やくざみたいに凄まれても全然怖くなかった。
「お? まだ余裕みたいだな。痛いぞ? 骨折ったことある? すげえ腫れるんだぞ。泣くよ? 吉沢君きっと」
 泣かない、と思う。俺は腕を折られたぐらいでは絶対に泣いたりはしないと、不思議に確信めいたものがあった。痛い? あんなもの、平気だ。
 骨を折った記憶などなかったが、腕を捻じ曲げられて、骨の向きと反対方向に持って行かれる感触が、なぜかリアルに想像できた。あれぐらいじゃ、俺は泣かない。
「大人しく泣いたりすればちょっとはいい思いさせてやろうと思ったけど、やめた。吉沢君が悪いんだからね?」
 何がいい思いだ。力の入らなくなった体を自覚しながらぼんやりと考えていた。
 こんなことで泣かない。こんなことはどうってことない。何でもないことだ。いつかこいつら全員を殺してやる。
 カチャカチャと金属音がして、下半身が外気に晒される。一旦真っ直ぐに伸ばされた足からズボンと下着を抜き取って、また大きく広げられた。
「ちょっと、ちょっと、吉沢君、何これ? おい、見てみろよ」
 広げられた足の間で笑い声が起きる。ほかの連中も声に促されて視線をそこに集中させて、それから笑った。何がおかしいんだ?
「吉沢くーん、こんな面白いモンつけといて、よく俺らに偉そうな口きけたね。ちょー恥ずかしいんですけどぉ」
 奴らが言っていることが分からない。
「自分でいじったことないの? 顔も可愛いと、こっちもそうなるのかな。可愛いねぇ、吉沢君」
「いやぁ、可愛いってか、可哀相だろ、これは」
 にやにやと言い放たれる言葉にカッと顔が熱くなった。
「記念に写真撮っとくね。女子に見せたら高く売れるよ、これ。ちゃんと押さえとけよ」
 両手足を掴んだ力が強くなって、机に押さえつけられた。
「やめ………ろっ!」
 男の声が遠くから聞こえた。耳鳴りに邪魔をされてくぐもったように不快に響く。チャラリーンと軽薄な音が鳴って写真を撮られた。
 自分にもう一度言い聞かせる。
 こんなこと、どうってこと、ない。
 意地で開けたまま、実際は何も見えていなかった目の前に何かが差し出された。棒のようなものだった。
「これ、見える? そこにあったほうきだよ。女の子だったらさあ、俺のを入れてやるんだけど、野郎のケツじゃ、俺もちょっと勃たねえからさ、これで勘弁してよ。怪我しないようにコンドームはちゃんと着けてあげるからね」
「な、なあ、もう、いいんじゃねえ? なんかこいつ朦朧としてんぜ? やばいんじゃないか」
 足なのか腕なのか分からない奴が情けなさそうに言っている。
「ここまできたんだ。最後までやろうぜ。徹底的にさ」
 広げられた足の間に硬いものが触れて思わずビクッとなる。
「ビビってる、ビビってる。ちょっとは良くしてやろうか?」
 棒の先でペニスをしごかれた。ぬるついた感触に肌が粟だった。
「あんまりよくないみたいだね。じゃ、いっちゃおうか、メインイベント。写メ用意!」
 ググっと足の間に宛がわれた棒が突き刺さる。
「ぐ……ぁっ」
 自分の声とは思えない獣のような音が喉から発せられた。
 ドンドンという振動と「誰かいるのか」という声が聞こえたような気がした。
 押さえつけられていた腕たちが一斉に離れたのを感じて、知らずに力の入っていた全身が緩む。
 助かったのか? まだ続くのか? 
「あ……、あ……」
 言葉にならない声を上げて叫ぼうとした。
 助けて
 助けて
 俊彦


novellist