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さよならの前に君に伝えたかったこと
10

 次の日の朝になっても俺は圭吾の傍に居続けた。あれからずっと、圭吾は俺のことを考えてくれている。夜寝ている時も何度も寝返りを打つ圭吾を見ていた。全然眠れていないんだろう。
 寝不足で仕事大丈夫か? 先生って体力要りそうだもんな。でも、自分の授業のない時とか休めるのかな。お前は何の教科を教えているんだろう。頭良かったからな。生徒に人気がありそうだ。格好いいし。
 ああ、知りたい。お前に知ってもらいたい。俺がここにいることを。そして伝えたい。
 ただ傍にいるだけで、それだけでも満足しなくちゃいけないんだろうけど、こうやってたまに思い出してくれるだけでよしと思わなくちゃいけないんだろうけど、たったひとつ、伝える方法を昨日見つけてしまった。それまで諦めていたものが諦められなくなってしまった。
 一度でいいんだ。
 それさえ叶ったら、俺はもう、消えてしまっても構わないんだ。だから神様、お願いだから俺の願いを叶えてください。


 圭吾と一緒に通い慣れた学校へ登校する。俺はまだ高二のままなのに、圭吾が先生になっているのがなんとなく笑える。校門もグラウンドも変わっていない。生徒とは違う入口から学校へと入って行って、初めて本当にあれからかなりの年月が経ったんだなって実感する。
 その日一日、圭吾はずっと頭の片隅に俺を置いてくれているみたいで、俺はずっと圭吾の傍にいられた。
 圭吾はまだ先生じゃなかった。大学生のままで、教育実習生として母校に来ているのが分かった。
 なんだよ、吃驚したぜ。あれからもう何年も経っちまってたのかって、その間俺のことを思い出さなかったのかって、ちょっと思ってたんだ。そうならそうと早く言えよ。って、無理だよな。「俺は教育実習で母校に来ています。まだ先生じゃありません」なんて独り言言ったら、変だもんな。
「先生、さようならー」
 生徒たちが圭吾に挨拶をしている。「ああ、気をつけて帰れよ」なんて、爽やかに挨拶を返すのがちょっとくすぐったい。通り過ぎた女子が後ろで圭吾の背中を見ながらくすくすと囁き合っている。おーおー、モテますこと。そりゃ格好いいよな。これで体育の授業でバスケでダンクなんか決められたら、イチコロだよな。そんな恰好いい圭吾君は、高校時代、俺のことが好きだったんだぜ、なんて自慢してみる。虚しい自慢だけど。
 圭吾が二年の教室に入って行った。俺が通っていた教室だ。生徒の顔ぶれは変わっても、教室の雰囲気は俺がいた頃とあまり変わらない。男子生徒はてんでに好きなことをやっているし、女子はあちこちに固まって、雑誌を回し読みしたり、こそこそとなにやら相談したりしている。
「吉川」
 窓際の席に座って一人で外を眺めている生徒に圭吾が声をかけた。予想していた通り、昨日のあいつだった。
 名前を呼ばれた吉川は、まるで待っていたみたいに立ち上がって、俺たちと並んで廊下へと出てきた。呼ばれることが分かっていたように落ち着いている。
 向い合って立つと、吉川は昨日と同じように俺と圭吾とを交互に見た。やっぱり見えているんだ。
「放課後、時間あるか?」
「んー」
 なんだよ。あるって言えよ。今、暇そうに外見てたじゃねえか。
「あるっていえば、あるけど。あんまり関わりたくないって言うか」
 ふざけんなよ、お前。だいたい関わり合いたくないんなら、昨日なんで俺の存在をバラしたんだよ。責任とれよ。お前のせいで昨日はこいつ一睡もしてねえんだぞ! 可哀想だろ、寝てねえのに、お前らみたいなガキの相手しに学校に来なくちゃならねえんだからさ。
「相田祥弘ってさ、先生の友達?」
「ああそうだ。そのことについて聞きたい」
 そう。友達なんだ。だからお願いだ。ちょっとだけでも話を聞いてくれ。それぐらいしてくれても罰は当たらないだろ? 
「あー、もう、失敗したな。いつもはシカトするんだけど、あんまり普通に一緒にいてさ、普通に話しかけてきたから、俺も素直に反応しちゃったんだよ」
「一緒にって……今もここにいるのか?」
 圭吾が恐る恐る俺がいると思われる方を向いた。
「うん。いるよ。ほらここに」
 お前、指差すな。それ怖いよなんか。ほら、圭吾が怖がってんじゃねえか。もうちょっとソフトに言ってくれよ。衝撃的なことは言うな。
「面倒臭ぇなあ。先生、友達は選ぼうよ。なんか頭悪そうだよ、祥弘ってさ」
 呼び捨てかよ! 俺の方が年上だぞって、違うか? 俺と同じ二年生なんだよな、お前。じゃ、タメか。いや、でも生まれたのはお前よりもずっと前だから、やっぱ年上だ。敬えよ、先輩だぞ。
「あー、わかった、わかった。うるさいなあ。で、どうすんの? このままここで不思議な会話を繰り広げるわけ? 俺は構わないけど」
 どこまでも人を食った奴だ。ガツンと言ってやりたいけど、へそ曲げられて断られても困るから、我慢した。
 たった一つの頼みの綱なんだ。圭吾がずっと重石にしていた俺への罪の意識を取っ払ってやれるかもしれないんだ。
 それに、こいつ「いつもは」って言った。ということは、俺以外にも俺みたいな奴を知ってるってことだ。もしかしたら、こいつになら分るかもしれない。俺がこれからどうなるのかを。


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