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さよならの前に君に伝えたかったこと
12

 インターフォンが鳴って、吉川がやってきた。一応バックれずに来てくれたことに感謝する。案内されて圭吾の部屋に入ってきた。人んちに上がるのに、全然恐縮した様子がない。不遜な態度で悪びれもせず部屋を見回している。
 机に広げたままの写真を吉川が見つけて手に取った。写っている俺を指さして「ああ、祥弘だ。バスケ部だったの?」と言っている。
 そう。圭吾と一緒。こいつは巧かったんだぜ。主将だったはずだ。
「ふうん」
 そうだ。全国は行けたのかな? 俺知らなくてさ。吉川、聞いてくれよ。
「馴れ馴れしい幽霊だな」
 馬鹿っ! お前幽霊とか言うな。圭吾が怖がるだろ。
「バスケ、全国行ったのかって聞いてるよ」
「え? ああ、バスケは行けなかった。県大会はベスト四どまりだった」
 そうかー。残念だったな。
「残念だったなって」
 ちゃんと通訳してくれてる。ちょっと見直した。吉川、お前案外いい奴だな。
「うるせえよ。ほんとは面倒臭えよ」
 前言撤回。生意気な奴だ。
「関わっちまったから、しょうがないと思って来たの。ま、同じ学校の生徒みたいだし、 そのよしみってやつ? 今と制服同じなんだね」
 え? 俺、制服着てんの? 俺自分が見えないからさ。
「ああ、そうか。うん。制服着てる。死んだとき制服だったんだろ?」
 ……ああ、うん。
「あのさ、吉川、君。今祥弘と話してるんだよね?」
「そうだよ。この写真と同じだ。制服も着てる」
「吉川君には見えるの? その、祥弘が」
「呼び捨てでいいよ。祥弘もそうだし。親が離婚したばっかりでさ、まだこの苗字呼ばれ慣れてないんだけど。うん。見えるよ。見たくないけどね」
 お前、親が離婚したのか? 大変だったな。
「別に。よくある話だろ、離婚なんてさ」
 そりゃ、世間的にはよくある話でもさ、自分の親の話は違うだろ? お前の苦労を察するよ。
「そう言われても……なんか、お前に大変だななんて労われると、微妙な感じなんだけど」
 まあそう言うなよ。呼ばれ慣れてないんなら、下の名前で呼んでやるよ。なんて言うんだ?
「フレンドリーな幽霊だな」
 だから、幽霊言うな! 今度言ったら殴るぞ! って出来ねえけど。
 あはは、と吉川が明るく笑った。「変な奴」って俺を笑って、下の名前を教えてくれた。孝介だそうだ。吉川孝介。
 孝介だって相当変な奴だと思うけどな。俺が見えるし、怖がらないし。
「別に怖くねえよ。いつものことだし」
 そうみたいだな。それで他にもいるのか? 俺みたいな奴、いっぱい見えるのか?
「ああ。子供の時からな。だから怖くない。だって普通にいるからさ、俺には日常だ。子供ん時は他の人にも同じように見えてんのかと思ったからさ、話しかけられて答えたりしてたけど、違うって分かってやめた。怖いのは周りのほうだよね」
 そうか。そうだよな。苦労したな。
「別に。もう何年もシカトしてたから、今回はしくじった。ホント、祥弘、普通に話しかけてくるんだもんな」
 こっちだってお前が聞こえてるなんて思わなかったからさ。でもよかった。孝介が答えてくれて、本当によかった。ありがとう。
「別に。言っとくけど俺、何にも出来ないからね。霊媒師みたいに憑依とかもできねえから」
 そんなこと頼んでねえよ。
「あと、望み叶えて欲しいとか、成仏させてってのも、なしね」
 ちょっと聞くけど、俺ってやっぱ、成仏出来てないのかな?
「そりゃそうだろ」
 なんでだと思う?
「そりゃ……心残りがあるからだろ?」
 だよな。じゃさ、その心残りがなくなったら、消えるのかな。その、成仏ってやつは消えるってことなのかな。
「そんなのわかんねえよ。俺、死んだことないもん。それよりさ、いいの? 先生、完全に放置プレー状態だけど。通訳して欲しくて俺を呼んだんだろ?」
 ああ、そうだ、忘れてた。久しぶりに会話が出来たから忘れてた。そうなんだ。圭吾に言いたいことがあったんだ。だから、たぶんそれが叶えば俺、成仏できるような気がするんだ。
「そう。じゃ、チャッチャとやっちゃおうよ。ほら、なに?」
 ……お前さあ、もうちょっと情緒っていうか、雰囲気っていうか、なんかそういうの汲み取ろうよ。
「あー、はいはい。そういうことだから、先生、ちょっと信じられないかもしれないけどさ」
「信じるよ」
「あ、そう。随分簡単に信じるんだね。気味悪い?」
「いや。それで、今祥弘は何処にいるんだ? 俺には見えるようにはならないのかな」
「それは無理。今、先生の横にいるよ。指差すなって言われてるから指差さないけど」
「そうか。ここにいるのか」
 ベッドに座ってずっと俺と孝介の会話――圭吾にしてみれば孝介の独り言だけど――を聞いていた圭吾は、見えない俺の方をみて笑った。
 圭吾が俺に笑ってくれた。見えてないけど、しっかりと俺の方に顔を向けて笑ってくれた。俺の存在を認めてくれて、怖がらないで笑ってくれている。
「ずっと、俺の傍にいたのか?」
 違うよ。ここ最近だ。たぶん、お前が教育実習で学校に行くようになってからじゃないのかな。だからほら、お前がバスケで全国にいけなかったことも知らなかっただろう?
「最近だって言ってる。バスケのこと知らなかっただろうって。でも……」
 孝介、余計なことは言うな。ずっといたなんて、俺を思い出すたびに出てきていたなんて、知られたくない。
「成仏出来てないのか? それは俺のせいだよな、やっぱり」
 違うよ、圭吾。俺はそれが言いたくてここにいるんだ。言いたいことがあって、伝えたいことがあって。だから、それが叶えばきっと、俺は消えれるはずなんだ。孝介、伝えてくれ。
「違うって。言いたいことがあるって。それが叶えば成仏出来るって言ってる」
 孝介、もし、これから圭吾に会うことがあって、その時に俺が見えても無視してくれ。絶対に俺の方を見ないでくれ。俺は消えたんだとこいつに納得させてくれ。お願いだ。
 返事をしない孝介に、答えないのが了解の印なんだと思った。生意気だけど、やっぱ、いい奴なんじゃん。
 ありがとうってもう一度言ったら、孝介は返事をしないままふいっと横を向いた。


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