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さよならの前に君に伝えたかったこと
13

 それから三人で長いこと話をした。孝介は俺の言葉をそのまま口うつしに語ってくれた。本当に圭吾と二人で話しているようだった。
 お前、先生になるのか?
「まだ決めてない。教員免許だけは持っておこうと思って」
 そうか。しっかりしてんな。お前、モテるだろうな。羨ましいぜ。土手下の池田屋はまだあるのか?
「いや、あそこはコンビニになった。親父さんが引退して今は息子さんがやってるらしい」
 あそこの焼きそばパン、よく食ったよな。早弁しちまった時なんかは二個も三個も食ったっけ。
「ああ、そうだったな」
 ふいに圭吾が両手で顔を押さえた。指の隙間から、ポトリ、ポトリと大粒の涙が落ちる。声を漏らして震えながら圭吾が泣いている。
 どうした?
「しゃべり方が祥弘と一緒で……祥弘としゃべってるみたいだ」
 そりゃ、俺の話をそのまんま言ってもらってっから。泣くな、圭吾。生徒にそんな姿見せたらずっと言われるぞ。孝介に弱み見せんな。こいつそういうこと利用するの、うまそうだぞ。
 孝介はやけくそみたいに俺の言葉をそのまま言う。それを聞いた圭吾がハハって笑って、それからまた涙を流した。パタパタと落ちる涙を拭おうともせず、圭吾は泣き続ける。
 ああ、泣くな。圭吾。
 お前を泣かせたくてこうしているんじゃないんだよ。お前の涙はたくさん見た。ずっと見てきた。
 知っているから。お前が哀しいことも、悔やんでいることも、全部知っているから。だから、もう泣くな。その涙を拭ってやることが出来ない。してやりたくても出来ないんだ。だから笑ってくれ。
「俺、ずっとお前に謝りたくて、あんな……別れ方して、喧嘩したままお前が逝っちまって」
 そうだよなぁ、俺こそ、ごめんな。お前にとんでもない重荷を背負わせちまって。
「俺のあとを追っかけて事故に遭ったんだろう? 俺が怒ってお前を置いて帰っちまったから、慌てて駆け降りて、事故に遭ったんだろう?」
 違うよ。圭吾。あれは俺が悪かったんだ。いじけて難癖つけたの、俺だし。ちょっとふて腐れただけなんだよ。いつものことだったじゃないか。だから、俺だって慌てたわけじゃない。本当に違うんだ。ほら、俺ってうっかりだから、トラックに気がつかなかっただけなんだ。パンを買おうと思っただけなんだ。
「パン?」
 そう。ほら、あん時焼きそばパンを飛ばしちまっただろ? 俺、腹減ってたんだよ。そんでその事ばっかり考えててさ。せっかく半分くれようとしたパン、落っこっちゃって。だから、買って行こうと思っただけなんだよ。頭ん中は「パン、パン」ってそればっかり考えててさ、トラックに気づくのが遅れたんだ。間抜けだろ?
「祥弘……お前、そんなことで……命落としてんじゃねえよぉ!」
 本当だよな。まったく「死んじまえ」なんて言って、言った自分が死んじゃったら、シャレになんねえよ、なあ。
「また……そういう、こと……言う」
 はは、お前のその口癖、久しぶりに聞いた。
 俺が怒って、お前が宥めて、俺が馬鹿を言って、お前が「またそういうこと言う」って呆れて。いっつもそんなだった。
 俺が一人でギャンギャン言ってんのは、いつものことだっただろう? 
 だからな、圭吾、お前は何も悪くないんだよ。自分を責めることはないんだ。
「だけど……」
 ……死んですぐの頃、お前の傍にいた時がある。
「そうなのか?」
 うん。病院でお前がずっと泣いて俺に謝ってたのを傍で見てた。ごめんごめんって謝ってて、俺はそうじゃないよってずっと言いたくて、言えなくて。
 圭吾
 俺こそごめんな
 ずっと、それが言いたかったんだ。お前のせいじゃないよって、それから、俺のために悲しんでくれて、嬉しいよって。
 ごめんな、ありがとうって、ずっと言いたかったんだ。
「祥弘……」
 バスケやめるって言ったのも、半分は当てつけだ。お前だって知ってるだろ? 俺が引かない性格を。まさかあの後にすぐ死んじまうなんて思わないからさぁ。
「半分?」
 子供のようにぐずついた濡れた声で、圭吾が俺の言葉を反芻する。
「半分は当てつけで、半分は本気だった? 弘は、バスケが楽しくなかった?」
 あのな、バスケは楽しかった。本当だ。でも、お前が言うほど俺がうまくなかったのも本当だ。それでも別に一緒にやってればよかったんだけど、でもな、今から受験勉強しようかなって本気で思ってて。
「でもあん時はまだ二年になったばっかりだったじゃないか」
 うん。でもほら、俺さ頭悪いしさ。早いとこ始めないと行けないと思ったんだよ。その……お前と一緒のところにさ。
「俺と一緒のところ?」
 うん。大学とか。
 グシャグシャになった顔のまま、圭吾が情けない声を出した。
「お前、そういうことを、ちゃんと言えよぉ。俺は本当にお前がバスケ嫌になったのかって思ったんだぞ」
 ごめんごめん。
「……ちゃんと聞いてやればよかった」
 圭吾?
「怒らないで、適当なことを言わないで、どうしてなんだってお前の話をきけばよかった。そしたら、お前を置いて帰ることもなかったし、お前を一人になんかしなかったのに」
 違うだろ? 喧嘩なんかしょっちゅうしてたんだから、あれもそのうちの一つだったんだから。
「俺……おっかなかったんだ。弘がバスケ辞めたいって言って、本当に辞められるの、おっかなかったんだ」
 圭吾……。
「試合出られなくて、つまんないから辞めるって言われるのが嫌で、もっと出来る、頑張れって、無理矢理やらせて……」
 圭吾、そんなことないよ。
「頑張ってない、もっとやれるはずだって、お前のこと縛り付けて、は、離れていかないようにって。自分のことばっかりで、お前の気持ち、考えなかった」
 泣きながら、あの頃の幼くて、拙なかった自分の想いを圭吾が吐きだした。
 何でも出来て、俺よりずっと大人だと思っていた圭吾は、あの頃やっぱり俺と同じに、たったの十七才だったことを、初めて悟った。


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