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さよならの前に君に伝えたかったこと
14

「バッシュ、勝手に先に買っちまって、祥弘が怒ったのも当然なんだ」
 あれは……俺の一方的な我が儘だろう? 俺が一人で怒ってただけだし。
「そんなことない。あの時、俺、金なくて」
 そうなのか?
「うん。親から貰ってた金、使い込んでて」
 悪い奴だな。何に使ったんだよ?
「それが、何を買ったって訳でもないのに、CD買ったり、買い食いしたりしてるうちに、何かなくなってきて、どうしようって思ってたら、サエが割り引き券持ってて。今一緒に買ったら安くしてもらえるって」
 ……それで、割り引き券に吊られたのか。
「だって、一緒に買いに行って、俺だけ金ないなんて、格好悪いだろ? それで先に買っちゃったって、お前に責められて、後ろめたくて、それで逆ギレした振りしたんだよ」
 鼻を啜りながら、情けなさそうに言い訳をする顔は、弱っちくて、滑稽で、可愛らしくて、とても愛しいものだった。
 その顔が、もうこれ以上崩れることが出来ないだろうというぐらいにまたグシャグシャに歪んでいく。
 そんなすごく情けない顔をしながら、それでも圭吾は話を止めない。 
 俺が圭吾に伝えたいことがたくさんあったように、圭吾にも俺に言いたいことが、山ほど詰まっていたんだ。
「いつか、俺、店に行ったんだ。並木スポーツ」
 うん。
「お前のバッシュ、選んでやろうと思って」
 そうか。
「どんなのがいいかなって……。それで、お揃いでもいいかもって……」
 バーカ、そりゃちょっと恥ずかしいだろ。
「お前きっとそう言うだろうな……とか」
 言うよ。絶対。
「ナイキのハイパーライズの」
 ああ、あれ、格好いいな。
「だろ? お前だったら、赤で」
 それでお前は黒か。いいな、それ。
「うん。……うん」
 満足そうに圭吾が笑う。
 そうか。ハイパーライズか。うん。いいな。
 俺が二十八で、お前は……もう、二十九じゃきつかったんだよな。
 笑った圭吾が、その顔のまま涙を零す。
 お前、泣き過ぎだって。
 ほら、なあ、圭吾。
「……あんなの買わなきゃよかった。金なくても、お前と一緒に行けばよかった。お前の分、選んでやって、お、俺の、選んでもらって……取っといてもらって、また金貯めて、一緒……一緒に……買えば、よかっ……」
 言葉の最後はもう、音にならない。天井を仰いで、大号泣だ。しゃくり上げながら、手放しで圭吾が泣く。
「部活、なんか……別々でもよかったのに。俺、俺、勉強手伝ったのに。そうしたら今頃一緒の大学で、い……一緒にっ……」
 仕方がないんだよ。あの日事故に遭わなくても、別の日に遭ったかもしれないし。そんな風に後ろばっかり向いた『もしも』に囚われるな。な? 圭吾。
 新しい後悔を見つけては、自分を責めて涙を流すのを、どうしてあげたらいいんだろう。やっと立ち直ってきたはずなのに、俺の存在はやっぱり知らせてはいけなかったのかもしれない。
 これじゃ安心して成仏出来ないよ。
「成仏なんかするな。ずっと傍にいてくれ」
 そんな……無茶言うなよ。
「祥弘……祥弘ぉ……」
 俺の名を呼びながら、俺が死んだ時みたいに涙を流し続ける圭吾に、その涙を拭いてあげたくて、俺は見えない手を圭吾の顔に差し出した。


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