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さよならの前に君に伝えたかったこと
16

 握っていない方の手で、圭吾が俺の涙を拭いてくれた。見つめ合ったまま、黙ってその感触を胸に刻んだ。涙がなくなっても圭吾の指は俺の顔を擦っている。
 本当は圭吾の指に唇を寄せて、出来れば圭吾自身にキスをしたかったけど、それは諦めた。圭吾が昔俺を好きでいてくれたことは知っていたけど、今はもう誰か別の人がいるかもしれない。それに、体はやっぱり孝介のものだから。
 な、孝介、俺ってまじめだろ? ありがとうな。体、貸してくれて。

 ――いいよ。別に。

 ふいに俺の中から声が聞こえた。そうか、やっぱり中にいたんだ。どうすればいい? 

 ――いいよ。このままで。

 そういうわけにはいかないだろう。俺は十分だから。だから返すよ。

 ――俺が生きるより、祥弘の方がずっと価値がある。俺、どうでもいいもん。

 そんなわけないだろ。どうでもいいなんて言うな。死んじまったらどうしようもないんだぞ。

 ――だって、お前圭吾が好きなんだろ? じゃあこのまま圭吾と一緒に生きればいいじゃん。俺は好きな人もいないし、化けて出るほどの未練もないもん。なんにも。

 また化けて出るとか言うし。あのなあ、相田祥弘っていう人間は死んだの。いくら生きたくても死んじゃったの。孝介として生きたって何の意味もないんだよ。だから返す。お前も見つけろ。死んでも化けて出るくらいの未練を見つけて一生懸命生きろ。お前いい奴だからさ。きっとこれから見つかるよ。な?

 ――ちぇっ、幽霊に励まされちゃったよ。だっせー、俺。……わかったよ。

 うん。ありがとな。それから、さっきの約束。もし、今後俺が見えても声、掛けるなよ。

 ――約束する。成仏できるといいな。

 うん。

 ――キスぐらいならしてもいいぞ。減るもんじゃないから。セックスは痛そうだから勘弁な。

 ふわっと重力が無くなる感覚が襲ってきた。あ、消えそうだ。
「圭吾。消えそうだ。圭吾」
「行くな」
 腕を掴まれて引き寄せられた。浮かんでいく感覚の中で必死に圭吾の首に取り縋った。まだ目が合う。まだ待ってくれている。
「好きだった。お前がすごく好きだった。ずっと一緒にいたかった。圭吾……」
「祥弘 俺も、祥弘、祥弘!」
 ふわりと触れた唇は柔らかくて、温かくて、
 とても……とても……圭吾……


第一章 完

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