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さよならの前に君に伝えたかったこと
19

 いつもの数倍のギャラリーに囲まれて、部員全員が張り切っている中、まだ新参者の俺のところに、圭吾がやってきた。
 シュートのタイミング、フェイントのかけ方なんかを丁寧に教えてくれる。
 敵に囲まれると焦って闇雲にゴールを狙う俺に、ちゃんと周りを見ろと偉そうにアドバイスをしてくる。
「でも、なかなか筋がいいぞ。頑張れ」
「そうすか? あざーす」
 気のない返事をした俺に、ディフェンス役をやっていた先輩が鉄拳を喰らわせてきた。
「お前! せっかく圭吾先輩が直々に教えてくれてんのに。ちゃんとしろよっ。直立不動で話を聞けよ」
 げんこつを喰らった後頭部を撫でながら、「ういーす」と返事をした。いつもはこの倍の痛さの鉄拳なのだが、ギャラリーに気を遣ったのか、今日のは全然力が籠もっていなかった。
 そんな俺たちを圭吾が笑って見ている。
 伝説の先輩の爽やかな笑顔に、ギャラリーから、「いやーん、笑ってるぅ」なんて黄色い声が聞こえてきた。
 ほらな。鉄拳の力を緩めようと強めようと、関係ないんすよ。みんなが見てるのは圭吾なんだから。
 そして叱られている俺を眺めている圭吾も、この光景に何かを思い出し、懐かしんで笑っているだけだっていうのも。

 練習を終えて学校を出たら、外はほとんど夜だった。
 いつまでも体育館で圭吾に声援を送っていた女子たちも、「用事がないやつは早く帰れ」と顧問に追い出されていたから、俺たちは部員だけでラーメンを食いに行くことになった。
 たぶんギャラリーが少しでも残っていたら、夕飯前の夕飯は、ラーメンじゃなくてハンバーガーになっていたはずだ。
 キャプテンが残念がっていた。
 俺はハンバーガーよりもラーメンの方が好きだったから、そっちで助かったと、ぞろぞろと歩く部員達の一番後ろを付いていく。
 学校帰り、こうして何処かへ寄って何かを食べたり、仲間とだべったりしている自分を冷めた目で見つめ、同時に少し驚いてもいる。
 もちろん、授業を終えて、激しい運動のあと、家に着くまで保たない腹を満たす為だけなんだけど、当然のように「なんか食べて帰ろうぜ」と誘われて、素直についていっている自分が不思議だと思う。
 ラーメン屋に入って俺ら若輩者は四人掛けのテーブルに六人でぎゅうぎゅう詰めになってラーメンを啜り、伝説の先輩は現キャプテンと引退した元キャプテンに挟まれて、カウンターで食べていた。
 別に。
 部活のとき俺を気にかけて練習に付き合ってくれたのも、俺がまだ慣れていないせいだったし、店に入っても、先輩達とカウンターに座るのだって当然のことだ。
 俺の隣りに来ることなんか考えちゃいないし、そんなことになったら逆に気を遣う。
 ラーメン食うのにわざわざ気を遣うのなんか馬鹿らしいし、後輩は後輩らしくギュウギュウ詰めで食べたって味は変わらない。
 それでもラーメンを啜りながら後ろの声に聞き耳を立てている自分に気づき、また舌打ちをする。
 あー。面倒臭ぇ性格だな、俺も。
 ラーメン屋を出て、挨拶を交わし、自分の家方向へ歩き出したら、圭吾が隣に並んだ。
「……なんだよ。こっちじゃねえだろ、あんたんち」
 憮然としたまま鞄を担ぎ直す俺の声に、圭吾は笑った。
「随分馴染んできたじゃないか」
「別に」
「ちゃんとコミュニケーション出来てるな。えらいえらい」
「ふざけんなよ」
 俺の返事に気を悪くする風でもなく、圭吾は笑いながら並んで歩いている。
 秋の夜。
 時々吹いてくる風は冷たいが、ラーメンで温まった体には気持ちがよかった。
 先輩の鉄拳がウザイ話だの、次の試合に出れそうか駄目そうかの話だの、取り留めのない会話をしながら、二人並んで歩いていった。
 やがて分かれ道に辿りつく。
 俺は右に曲がり、圭吾は左に曲がる道だ。
 少し遠回りになっちゃったけど、道沿いに歩けば、土手にぶち当たり、その先に圭吾の家があるのは知っていた。
 曲がり角で足を止め、じゃあ、ここでバイバイな、と圭吾を仰ぎ見た。
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