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さよならの前に君に伝えたかったこと
21

 家に帰ったら、珍しく母親がいた。
 リビングのソファに座り、入ってきた俺に気づいて目を上げると、「ああ」と、どうでもよさそうな声を上げ、また目を落とした。
 俺も何も言わず母親の前を通り過ぎ、台所に入っていき冷蔵庫を開けた。
 母親の飲むビールと俺の飲む水しか入っていない冷蔵庫。
 学校から帰ってきた俺に用意されたものは何も無い。いつものことだ。
 今日はラーメンを食ってきたし、そうでなければ勝手に買ってきた弁当を食べる。
 金だけはもらえるから、全然不自由はない。
 ペットボトルからそのまま水を飲み、またリビングを通って自分の部屋へと上がる。
 ちらりと視線を向けたが、母親はぼう、とよそを向いたままこちらを見ようとはしなかった。それもいつものことだ。
 俺と目を合わせるのが恐いらしい。
 目を合わせ、その隣にいる人に視線を移されるのが、恐いらしい。
 俺だってもう子どもじゃないし、長年の慣れでシカトする術を覚えているけど、母親にはそんなことは関係ないらしい。
 まあ無理もないか。
 あんたがそんな風に怯えなかったら、俺もばあちゃんと話してみたかったんだけどな。
 相変わらず母親の隣で俺に謝るように頭を下げているばあちゃんを、いつものように無視して階段をのぼった。
 ベッドにドサリと体を投げ出して、仰向けになったまま天井を見上げた。
 ばあちゃんがいるってことは、なにか思い出しているわけだ。仕事で嫌なことでもあったのか、なにか落ち込むことでも言われたのか。ときどきああやってばあちゃんに付き添われながら落ち込み、愚痴を垂れているんだろう。


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