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さよならの前に君に伝えたかったこと
23

 学校は相変わらず退屈で、それでも部活なんか始めた俺を担任は無責任に喜んでて、クラスメートはガキで女子は日がな一日うるさくて、母親は相変わらず俺を怖がっている。
 そして圭吾もなにが気になるのか、しょっちゅう学校にやってくる。
 部活に顔を出し、先輩風を吹かせ、みんなとラーメンを食べて、俺と同じ道を帰る。
 大学生ってそんなに暇なのか? って聞きたくなるほどしょっちゅうやってきては、帰り際にやっぱり俺の目を覗くんだ。
 なにしに頻繁にやってくるかなんてのは、当然分かりきっている。
 圭吾は俺に――俺の中の祥弘に逢いたくてやってくる。
 目を覗き、祥弘を捜している圭吾を見つめる度、俺の中のどこかがざわざわする。
 あれは冗談だったんだよ、俺の中にはもう祥弘はいないんだよ、あいつは完全に消えたんだよ。
 そう言ってやればいいのに、俺はそれが言えないでいる。
 何故かと言えば、圭吾が落胆するだろうから。そんな圭吾を見たくないから。
 そして祥弘のいない俺に、圭吾は会いに来てなんかくれないってことを、知っているからだ。
 まったく本当、二人して馬鹿だ。
 バカバカしくてやってられない。
 祥弘は圭吾の重荷を取ってやりたくて、圭吾の罪悪感を取り去ってやりたくて、俺に頼んできたのに、そして思いを告げて、言いたいことだけ言って、満足して上っていったのに、当の圭吾がそれを引きずっている。
 そして俺は祥弘のそんな気持ちも、圭吾の今の気持ちも分かっていて、なにも言えないでいる。本当、やっかいなことだと思う。
 教室で帰り支度をしていたら、圭吾がやってきた。
 試験中で部活が休みなのを知らずに来たらしい。
 自分の母校だし、教育実習生としてここで教えたことのある圭吾は、気軽に俺の教室に入ってきた。
「なんだよ。今日部活ねえぞ」
 いつものごとく、OBに対する尊敬も、教生だった頃の親しさも感じさせない、ぶっきらぼうな声で話す俺に、圭吾も「ああ。そうみたいだな」と普通に答えてくる。
 先輩がいたなら「なんだその口のきき方は」と、すぐさま鉄拳が飛んできそうだが、今は俺たちが最高学年になってしまったからそれもない。
 三年になっても俺は部活を辞めず、たまには試合に出ながら続けている。
 夏の県大会予選を最後に引退する俺たちに、圭吾は相変わらず付き合って、練習を見てくれる。
「無駄足だったな」
 人のまばらになった教室で、教科書を鞄に詰め込みながらそう言って、出口に向かう俺の後ろを付いてくる。
「まっすぐ帰るんだ?」
「ああ。べつにすることもないし。大人しく勉強するさ」
 高望みをしているわけではないが、どっか遠くに行きたい俺は、その望みを叶えるために努力はしなくちゃならない。
 面倒臭ぇけど、でも多少の努力をすればそれが叶うんならするしかないと思っている。
「意外と真面目なんだよな。孝介って」
「うっせえよ」
 圭吾の軽口も、俺の暴言も、もうパターン化されている。周りの連中はそんな俺らを羨ましそうに見ることもあったけど、そんなのもどうだっていい。
 だって俺は知ってるから。
 圭吾が俺に何を重ねているのかを知っているから。
 教室に入ってくるとき、俺を見つけた圭吾は目を細め、僅かに笑っていた。
 高校時代、そうやって祥弘のことを迎えにきていたんだなって、その表情で分かる。
 遠慮も気遣いもない俺の暴言は昔からのものだけど、圭吾がそれを不快だと思うこともない。
 だって俺のキャラなんて圭吾には関係ないんだからさ。
「飯食うって時間でもないけど。どこか寄ってくか?」
 圭吾の誘いに少し考えてから、俺は乗ることにした。
 昼はいつものごとく売店で買ったパンだけだったし、家に帰っても食べるものがない。帰りがけにコンビニで弁当を買って帰ろうと思っていたから、その誘いはありがたいとも言えた。
 まあ、どっちにしろラーメンかハンバーガーだから、コンビニ弁当となんら代わりもないんだけど。


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