INDEX
さよならの前に君に伝えたかったこと
25

「なんか行きたい学部でもあんの? そっち系」
「さあ。あるんじゃね?」
「なんだそれは」
「別に。行けそうなところを漁ったらその辺かなって感じ?」
「でもあるんだろ? やりたいこととか」
「さあ。別に」
「お前さあ、それやめとけ」
「なにが?」
「その『別に』っていう口癖」
 喉を鳴らして水を飲み干した圭吾が俺に説教をしてきた。
「は?」
「『別に』『別に』って。投げやりに聞こえる」
「投げやりなんだからしょうがねえだろ」
「なんでだよ」
 別に。
 言おうと思った言葉を飲み込んで、ムッとしたまま黙っている俺を、圭吾が見ている。
「行きたいと思ったんだろ? 北海道とか長野とか」
 行きたいと思ったわけじゃない。
 ここから出たいと思っているだけだ。
「なんかきっかけがあるんだろ」
 大した理由なんかない。
 北海道はテレビで観た風景が目に残っただけだ。長野だってなんかの写真で見た山が綺麗で、あんなところに立ったら気持ちいいだろうなって、ただ漠然とそう考えただけだ。
 ムッとしたまま黙り込んでいる俺のコップに水を注ぎながら、圭吾はなおも説教を続けようとする。
「投げやりとか言うなよ」
「は? あんたが言ったんだろう。そう聞こえるって」
「お前も『そうだ。投げやりだ』って今言ったんだろうが」
 注がれた水にちらっと視線を寄せて、プイと横を向いた俺に圭吾が笑ったからまたムッとした。
「何笑ってんだよ」
「ガキみてえ」
「ガキだよ。悪かったな、ふざけんな」
 俺の答えに今度はピッチャーを持ったままクツクツと肩を振るわせて笑っている。
「投げやりなんかじゃないだろ?」
「なにが」
「部活だって頑張ってるし」
「頑張ってねえよ!」
「辞めないでちゃんとやってるじゃないか。俺、お前がすぐに辞めるかと思ってた」
「それは心外だな」
「そうだな。悪い。みくびってた」
 笑いながら謝られても、全然謝られた気がしないから、俺はムッとしたまま乱暴に水を飲んだ。
 俺の不機嫌なんかどこ吹く風で、圭吾は余裕の笑みなんかを浮かべている。
 マジむかつく。
「本当、バスケやってみたいって言ってきたときも驚いたけど、こいつ続くかなって思ってた」
「悪かったな、ご期待に添えなくて」
「そんなことないよ。嬉しいよ。教え子が一生懸命やってるのを見るのは」
「はあ? 教え子って何言っちゃってんの? たかが教生のくせして偉そうに」
「本当だな」
 あはは、と圭吾が楽しそうに笑って、俺は怒りの引っ込みがつかなくなって、やたらと水を飲むしかなかった。


novellist