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さよならの前に君に伝えたかったこと |
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ラーメン屋を出て、いつものように土手までの道を圭吾が遠回りをして送ってくれる。 土手の向こうの空が真っ赤になっていた。 いつもは部活が終わる頃には夜になっていたから、こんな夕焼けを見るのも久しぶりだと思った。 夕焼けに染まった空が低い。 手が届きそうで、だけど遠い、遠い空が俺らの上に広がっている。 別れ道で土手に上ろうとする俺に、「散歩がてらだ」と言って、圭吾が一緒に上ってきた。 初夏の風が吹いていて、さわさわと川面を波立たせている。 近くて遠い夕焼けに向かって圭吾と二人で歩いて行く。 「なあ、圭吾ってさ、やっぱり先生になんの?」 さっきの話の続きじゃないけど、人に目標持てって言うぐらいだから自分はちゃんと持ってんだろうな、っていう気持ちで聞いてみた。 「ああ、うん。そうかもな。たぶん」 「ふうん」 そりゃ人気のある先生になるだろうよ。爽やかで格好良くて、笑顔の素敵な圭吾先生だもんな。 泣き虫だけど。 「ウハウハだな。逮捕されないように気をつけろよ」 「ばーか」 祥弘が生きていたら、やっぱり先生になったんだろうか。 圭吾と同じ道を目指し、圭吾と少しでも近くの場所にいたかった祥弘だ。 しかしあいつに先生なんか出来るんだろうかと、ちょっと笑ってしまう。 馬鹿っぽかったし。 いい奴であるのは確かだけど。 人んちの離婚に同情してたっけ。 「大変だなあ」なんて言って。自分、死んじゃってるのに。お前の方が大変だろってつい突っ込みたくなるような脳天気さだった。 「高校のときなんか、俺もなんも考えてなかったな、そういえば」 思い出したように圭吾が言う。 「だろ」 「ああ。毎日部活して、腹減って食べて寝て。面白いことに首突っ込むのに忙しくて自分が将来どうしようなんて考えてなかった」 「そんなもんだよ」 「……祥弘が死んで、毎日泣き暮らして、ああ、俺は一生泣き続けるんだって思っててさ」 夕日に向いた顔が眩しげに細められて、圭吾がうっすらと笑った。 「けど、ある日気がついたら俺、笑ってんだよ。テレビ見て。爆笑。吃驚したね、自分で」 「まあそんなもんだろ。生きてるんだし」 「『ああ、俺笑ってるよ、祥弘が死んじゃったのに』って愕然とした」 「普通だよ。祥弘も望んでたことだろ」 「そうなのか?」 夕日を見ていた視線が俺に向けられた。 「そうだよ。圭吾の重荷取ってやりたいって。泣くな、笑えって」 「そうだったな」 「それに、忘れてないだろ? あいつのこと、ちゃんと憶えてるだろ?」 答える必要もないほど当然なことを聞かれた圭吾は、また夕日に目を移して笑った。 「あいつもそこまで想ってもらえて本望なんじゃね?……まあ、今生きていられるほうがいいに決まってるけどさ」 俺が祥弘を見つけることなく、圭吾にも出会うことなくいられたなら、圭吾ももしかしたらこんなに引きずることはなかったのかもしれない。 時間と共にいつか立ち直って、とっくに別のやつを好きになっていたのかもしれない。 けど、俺は祥弘を見つけちゃったし、あんだけ必死に頼まれて、つい柄にもなく仏心をだしちゃったりして、なんかかえって圭吾を辛い目に遭わせているんじゃないだろうか。 祥弘には気の毒だけど、やっぱり俺のこの能力は、生きている人間にとってはいらないものなんだと、つくづく思う。 それでキャラにない親切心なんか出して首突っ込んで、自分がはまってりゃ世話ねえよな、本当。 馬鹿にも程がある。 「孝介?」 いつの間にか立ち止まってしまったらしく、先に行った圭吾が俺を振り返って呼んだ。 名前を呼ばれて見返す顔は、夕日を背にして翳っていたけど、その目はまっすぐに俺を見ていて、心配げに俺の名前なんかを呼ぶもんだから、なんだか知らねーけどなにかが溢れそうになって、俺はそれをせき止めるために歯を食いしばりながら俯いた。 |
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