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さよならの前に君に伝えたかったこと |
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「どうした?」 大きな足が戻ってきて、俯いている俺の顔を覗いてくる。 「なんでもねえよ」 祥弘のことが忘れられないくせに。 「孝介?」 今でもあいつのことが好きなくせに。 俺の中の祥弘に逢いたくて俺に会いにくるくせに。 人の進学の心配なんかしやがって。 人が部活続けてるのを喜んだりしやがって。 「よく続いてんな」なんて、いっぱしに気に掛けやがって。 そんなんだから、のこのこついてきちゃうんだよ。 あいつに逢わせてあげたいと同時に、俺が逢いたいと思ってしまうじゃないか。 絶対に無理だと分かっていて、なお希望を持ってしまうじゃないか。 「どうした?」 長身の圭吾が屈み込むようにして俺の顔を覗いている。 別に、って言おうとして、黙って首を振り歩き始める俺は、マジでお笑い草的に健気君かよ、なんて思った。 夕日はいつの間にか沈んでいき、空と夜とが融けはじめる。 さっきと同じ、手の届きそうな低い位置で光っている金星を見つけ、もし、俺が今死んだら俺は圭吾のところに現れるんだろうかと考えた。 化けて出るほどの未練を作れ、そして生きろと祥弘は言った。 実際俺が会った人たちは、強いなにかを抱いてこの世に残っているのを知っている。 怖いともうざいとも思わない。 なにか伝えたい、強い想いを持っているんだと分かっているから。 俺にはどうしてやることもできないけど。 「なあ圭吾」 歩き出した俺に合わせて隣りに並ぶ圭吾に聞く。 「祥弘に会えてよかったか?」 「……どういう意味?」 「その、俺が祥弘見つけて、そんで通訳みたいなことしてやって、祥弘と話せてよかったか?」 意味が分からないという顔で、圭吾が俺を見た。 「余計なことじゃなかったか?」 「そんなことない。絶対に」 「そっか」 「そうだよ。感謝してる」 「俺のこれもたまには役に立ったっていうことだな」 すげえ迷惑だけど。 付け足した俺の言葉に、圭吾は、ははって笑ってやっぱり俺に合わせて隣を歩いた。 歩いているうちにすっかり夜になって、土手も周りも真っ暗になってきた。 ポツポツと立つ街灯の明かりと、土手下の家の明かりだけを頼りに歩いていく。 「どこまで散歩するつもりなんだ? 来た道帰るんだろ?」 大分こっち側まで来てしまった圭吾にそう言うと、圭吾は「そうだな」と言って足を止めた。 街灯と街灯の間に立って、こっちを見ている圭吾の表情はよく分からなかった。 いつものように、じゃあこの辺でバイバイな、って言おうとしたら、そっと腕を掴まれた。 ああ。 祥弘の話なんかしたから、逢いたくなっちまったのか。 軽く腕を掴んだまま、長身が屈んで、圭吾の唇が降りてくる。 だって、振り払うことなんか出来ないじゃないか。 目を開けたまま近づいてくる唇を見つめ、触れてきた感触を確かめてから目を閉じた。 顔を少し傾けた圭吾の唇が、まっすぐに向いた俺に合わさっている。 柔らかく振れ、触れたまままた首を傾げた圭吾に合わせて俺も少し傾いた。 圭吾の唇が少しだけ開いて、それに合わせるようにして俺も唇を緩めたら、そろりと舌が入ってきた。 柔らかく、熱い舌が遠慮がちに俺に触れてくる。 バスケ部の伝説で、いつも大人ぶっている圭吾が、本当はとんでもなく泣き虫で、恐がりなのを知っているから、その遠慮がちな入ってきかたが圭吾らしいと思った。 やさしく、あくまでもやさしく圭吾が俺の中に触ってくる。 応えたい欲求と、応えたらいけないという思いで、俺は大人しくそこに立っているだけだった。 やがて触れてきたと同じように、静かに圭吾が離れていった。 目を覗かれるのか堪らなくて、俺は下を向いた。 「残念。今回は出てこなかったな」 誤魔化すようにわざと明るい声を出す。 「そんなに便利に出たり入ったりできないって」 早口でしゃべる間も下を向いたままだったから、圭吾がどんな顔をして俺を見ていたのかは分からない。 やけに重たくなった鞄を担ぎ直し、「じゃな」と言って歩き出す。 「孝介」 名前を呼ぶ声にも振り返らず、そのまま足を進めた。 急いで帰りたい家でもなかったけど、早くここから立ち去りたかった。 早くいなくなりたい。 どこか遠くへ。 そうしないといつまでたっても圭吾は俺に会いに来る。 俺の仕掛けた軽い冗談を本気にして、いつまでも祥弘に逢いに来る。 卒業して、どこか遠くに進学して、俺は圭吾の前から消えないといけない。 そうしないと、圭吾も俺も、ずっと同じ場所から動けない。 卒業まで。 卒業したら、きれいさっぱり、こっからいなくなるから。 だから祥弘。ごめんな。 お前の圭吾をあと少しだけ、騙したままでいさせてくれ。 |
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