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さよならの前に君に伝えたかったこと
30

 荷造りを終え、がらんとした部屋を見回して、残されたベッドにどっかりと腰を下ろした。
 物心ついたときからずっと住んでいた、ささやかな俺だけの空間。
 ベッドも勉強机も残していくけど、俺がここに帰ってくることは二度とない。
 真面目に取り組んだ甲斐があって、俺は明日、新しい土地へ行く。
 最終的に俺の選んだ先は、長野にある大学だった。
 学部はどういうわけか、教育学部。
 どういうわけっつっても、自分で選んで受験したわけだから、どうもこうもないんだけど。
 お前が先生になんかなれるのか、っていう疑問は俺自身持ってるし、まあ、教育学部に入ったからって教師になるかどうかもまだ分からない。
 でも一応どこ行くにしても、進路は決めなくちゃいけないから、結局は身近な参考人物に倣ったっていうのがある。
 圭吾に出来るんなら俺にも出来るんじゃね? みたいな。
 それにあいつ。
 あいつだったらどうしたかな、なんて考えもあったのかもしれない。
 祥弘が俺の中にいることってことはないんだけど、あいつが過ごせなかった高校生活を過ごし、あいつが行きたかった未来を考えるとき、なんとなく、向こう側であいつが笑っているんじゃないかって。
 あいつの代わりに生きようなんて気持ちは、今だって毛頭ない。
 だけど、何かを決めようと思うとき、やっぱり祥弘のことを考えている俺がいる。
 未練はまだ見つからない。
 だけど消えることが出来ない俺は、見つかろうと見つかるまいと、前に進まなきゃいけないんだろう。
 俺の体をもらわずに消えてったあいつに「やっぱりもらっとけばよかった」って言われないぐらいには、いろいろ頑張らなきゃいけないんだろう。
 まとまった荷物はすでに昨日、引っ越し屋が持っていってくれた。
 学生が多く住んでいるっていうコーポを契約し、最低限の家具も手配済みだ。
 あとは向こうに行ってから少しずつやっていけばいい。
 費用に関しては、幸い親が全部賄ってくれた。向こうへ行って落ち着いたら俺もバイトをするつもりだけど、授業料もちょっとした生活費も出してくれる。
 まあ、親としてはそれぐらいの義務はあるだろうし、恐怖の対象が目の前からいなくなるんだから、喜んで金なら出しましょうってところだろう。
 だから俺はそのお礼に、明日の卒業式を終えたら、すぐにこの部屋から出ていく。
 俺ってば親孝行だろ、なんて思ったりして。
 卒業式を終えて、最後まで席を置いたバスケ部の送別会を終えたら、ここから永遠にバイバイだ。
 親とも、ちょっとは慣れ親しんだ学校の連中とも、圭吾とも。
 明日になれば俺はいなくなれる。
 ずっと望んでいた遠くへ行くことが出来る。
 清々しい気分で窓を開け、青々とした空を見上げる。
 雲一つない青空が頭上に広がっていた。
 まだそっちには行けそうにねえなあ、祥弘。
 やるって言ってんのにいらないって突っ返された命だ。
 せいぜい楽しんで生きていくことにするよ。
 お前の分までなんて、絶対に思わないけど。
 いつかここから投げ捨てたペットボトルはなくなっていた。
 狭い前庭にしばらく転がっていた水の入ったままのボトルは、風に飛ばされたのか誰かが拾って捨てたのか、いつのまにか消えていた。


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