INDEX
さよならの前に君に伝えたかったこと
31

 卒業式っていうのは送られるやつにとっても送るやつにとっても退屈だ。
 早く終わらせて打ち上げ行こうぜって思ってるのに殊勝な顔をしてずっと座っていなければならない。
 横に並んでいる先生が時々目頭を押さえたりして、それを見た女子がすすり泣きの声を上げたりして、なんだ? 様式美か? なんて思いながら、俺も一応殊勝な顔をして校長の話を聞いてやる振りをする。
 卒業証書授与とか、代表で一人がもらえばいいじゃん。なんで全員壇上に呼び出されて頭下げたりしなきゃならないんだよ。
 あー、面倒臭ぇなあ。
 まあ、他所の学校では証書をもらったあと、なんか一言言わされるっていうところもあるらしいから、それがないだけましと言える。
 欠伸を噛み殺しながら座っていると、ようやく俺の番が回ってきた。
 名前を呼ばれ、「はいっ」なんて一応返事をして校長の待つ壇上へ上がる。
「吉川孝介君。以下同文。おめでとう」
 以下同文ならいちいち呼びつけるなよ、なんて思いながら、右、左、と順番に出した手で受け取って、また右足、左足の順に下がって恭しく頭を下げた。
 練習させられたとおりに二つに緩く畳んだ卒業証書を左手に持ち、転けないように用心しながら壇上から降りようとしたとき、目の端に不思議なものを捉えて一瞬動きが止まった。
 嘘だろ?
 もう一度確かめようかと思ったが、こんな目立つところでいつまでもボーっと立ったままでいるわけにもいかないから、俺はそのまま階段を降りた。
 気のせいだ。
 まっすぐに前を向いたまま、脇目もふらずに自分の席に戻る。
 気のせいだ。気のせい。
 母親が、こんなところにいるはずがない。
 俺の卒業式なんかに来るはずはないんだ。
 他の生徒が延々と卒業証書を受け取っている間も、立ち上がり、お辞儀をし、送辞を受け、答辞を聞く間も、振り向きたい衝動を抑え、俺は微動だにせず前を向き続けた。
 来ているはずがない。
 誰か似た人がいたんだろう。
「仰げば尊し」を合唱し、在校生、教師、父兄に見送られながら、花道を歩いて行く。
 その時も前を向いたまま、まっすぐ前だけを見つめて歩いた。
 だけど結局俺の目は見つけてしまった。
 舌打ちをしそうになりながら、それでも無表情で歩き続ける。
 何しに来たんだよ。
 つか、なんで二人並んで座ってるんだよ。拍手なんかしやがって。なにやってんだよ。馬鹿じゃねえの。ふざけんな。
 胸の中であらゆる暴言を吐きながら歩き続ける。
 ああそうか。俺がいなくなるのが嬉しくて、その祝いにやってきたのか。それとも一応親っていう立場だから体裁を気にしたのか。
 小さい頃から嘘つきだと思っていた息子ですが、気持ちの悪いものが見えるんですよ。本当に気味が悪くて困っていたんです。でもやっと卒業して家から出ていってくれることになりました。嬉しくて嬉しくて。
 まるで親のようなツラをして他の父兄と一緒になって目を細め、手を叩いている姿が滑稽だ。
 俺だって嬉しいよ。
 あんた方の目の前からいなくなることが出来て清々する。
 苦痛だらけだった十八年間。よくもグレずにやってきたもんだと自分で褒めてやりたい。
 暴れることだって、壊すことだって、家を飛び出すことだって出来たんだ。
 そうしなかったのは、俺が他の連中より少しは利口だったからだ。
 暴れて飛び出しても、碌なことにならないって分かっていたからだ。
 一人でずっとやってきて、飛び出した先にも味方なんか誰もいやしないんだって知っていたからだ。
 そして、暴れて壊して迷惑をかけて、怖がられている上に――疎まれ、嫌われたくなかったからだ。
 飛び出したら最後、二度と戻ってこられないと知っていて、なお飛び出す勇気はなかった。
 いなくなったらきっと喜ぶだろう。俺がどこでどうのたれ死んでも、あいつらは喜ぶんだろう。
 そんなところですべてを精算したような清々しいツラして見てんじゃねえよ。
 卒業シーズン限定の空々しい音楽と、盛大な拍手と笑顔に見送られて、俺は真っ直ぐ前を向いたまま、歩き続けた。


novellist