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さよならの前に君に伝えたかったこと
32

 教室に戻り、教師の最後の挨拶を聞き、記念品を受け取って解散する。
 周りでは新しい生活に入るまでの猶予期間に少しでも遊び回ろうと、旅行やカラオケなんかの相談をしている。
 今日でここから出ていく俺には関係のない話だ。
「孝介」
 バスケ部の送別会までの時間をどこで潰そうかと考えながら窓の外を眺めていた俺に、同級生が声を掛けてきた。
「来週さ、このメンツで集まるんだよ。お前も来ない?」
 修学旅行で一緒の班になって以来、ちょっとだけ親しくなったグループに誘われ、「悪いけど」と断る。
「俺、来週もういないんだ」
「え、そなの? 早いな」
「ああ」
「じゃあその前に集まろうか」
 人のいいクラスメートがわざわざ俺の為に日程をずらそうとしてくれている。
「いつならいい? なあ、最後にパーっとやらね?」
 屈託なく誘ってくる同級生に悪いと思いながら、曖昧な返事をした。
 今日出ていくことを、俺は誰にも言っていない。
「じゃあ、都合のいいとき知らせてくれよ」
 携帯をかざしてそう言ってくるのに分かったと頷いた。
 嫌な事もつまんない行事もたくさんあったけど、高校に入ってからの生活は、そう悪いものでもなかった。
 特に部活を初めてから、先輩にこづかれ、メンバーとふざけ合っている延長で、クラスにも少しは馴染めていた。
 家に帰って変わらず無視され続けても、外に出れば、俺も意外と普通にやっていけるんじゃね? って自信もついた。
 だから一人で遠くへ行き、新しい生活を始めることに、希望が持てるようになった。
 すべてを捨てて。
 ここにあるなにもかもを忘れて。
 遠くの場所で、新しく生き直せると思ったんだ。
 友達も出来るかもしれない。
 祥弘のような、脳天気で気のいい親友を作れるかも知れない。
 圭吾のような――誰かに恋をするかもしれない。
 なにも知らない誰かが、俺のことを好きになってくれるかもしれない。
 だから俺は早くここから出ていきたい。
 新しい生活が楽しみで仕方がないんだ。


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