INDEX
さよならの前に君に伝えたかったこと
33

 じゃな、バイバイな、といつもと同じようにさよならを言い、明日にでもすぐに会えるような気軽さで教室を後にした。
 靴を履き替え、バスケ部の部室のある旧校舎に行こうと渡り廊下を歩いていたら、廊下の先に父親と母親が並んで立っていた。
 卒業式の最中に俺を襲った怒りも混乱も、今は収まっていて、俺はいつもの無表情で二人と向き合った。
 まっすぐに目を見ると逸らされるのを知っているから、体を向けたまま、顔だけ他所を向いて。
「卒業おめでとう」
 何年振りかで聞く父親の声にもなんの感慨も湧かない。ああ、こういう声だったっけ、なんて思いながら「ありがとうございます」と横を向いたまま答えた。
 受験をするときに、親のハンコやら記入やらがどうしても必要だったから、必要最低限の会話を母親ともした。
 費用のこともあるから、父親に相談もしたのだろう。それで二人で話し合って、卒業式ぐらいは出てやるか、なんてことになったのか。
 俺が生まれなかったら、別れずにすんだかもしれない夫婦だ。
「まっすぐに帰るんだろう?」
 時計に目を落としながら父親が聞いてきた。
「いや。これから部活の送別会がある」
 時計から目を上げてこっちを見る顔が驚いていた。俺がなにかの集まりに参加するってことが驚きだったらしい。
「そうか。一緒に食事でもと思っていたんだが」
 はあ?
 声には出さなかったけど、あからさまに「なに言ってんの?」ってのが顔に出た。
 父親はそんな俺の顔を見て、苦い顔をして笑っている。
「まあ、そうだよな」
 本人にも自覚があるらしい。今の言葉は俺たちにとっては「明日地球が滅亡します」っていうくらいの衝撃的なものだったからだ。
「その送別会っていつ終わるんだ?」
「さあ」
 終わるまで待つつもりなのか、まだそんなことを聞いてくる父親に素っ気なく答えた。
 本当に終わる時間なんか知らなかったし、時間が分かったところで一緒に飯なんか食うつもりもない。
 それに送別会が終わったら、俺はすぐに荷物を持って出ていくから。
「部活ってなにしてたんだ?」
 尚も質問をしてくる父親を黙って見返した。
 なんでそんなことを聞いてくるのかが分からない。だいたい知ってどうなる?
 俺に見つめられた父親は、また困ったように苦笑している。
「情けない話だよな。息子が何部に入ってるかも知らないんだから」
「……バスケだけど」
 ほお、と目を見開いた顔から目を逸らし、横を向いた。
 いまさらそんなことを知ってどうするんだ。
 今知ったところでなんにもならないじゃないか。
 試合のひとつも観に来なかったくせに。
 だいたい会いにも来なかったくせに。
「時間ないから」
 横を向いたままそう言って、一歩足を踏み出した。
 今さら話すことなんかなにもないし、早くここから立ち去りたかった。
 何しに来たのか知らねーけど、何考えて待ってたのかも知らねーけど、もう用事は済んだんだろ。
 親の振りして式に出て、親みたいに気に掛ける素振りを見せて、一応体裁は整っただろうと思った。
 今日の式と同じ、全部が全部、体裁で固めた様式美だ。


novellist