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さよならの前に君に伝えたかったこと
34

「荷物、持って帰ろうか?」
 行きかける背中に声が掛かり、足を止めた。
 振り返ると母親が、やっぱり少し困った顔をして俺の方に手を伸ばしている。
「証書と鞄。邪魔でしょ?」
 差し伸べられた手に持っていた紙袋を事務的に渡し、何も言わずにその場を後にした。
 振り返らずに渡り廊下を歩く。
 並んだ二人が動いた様子はない。
 見送られている気配を感じながら、逃げ込むようにして建物の中に入っていく。
 胸の中がざわざわする。
 なにやってんだよ。
 何しに来たんだよ。
 帰れと怒鳴ってやればよかったと思った。
 今さらこんなところにやってきて、親らしいことを言って、何がしたいんだよ。
 ふざけんな。
 俺が今日のこの日をどんなに待ち望んでいたか。
 あの家を、あんたらの目の前から消えるこの日をどれほど楽しみにしていたか。
 台無しだ。
 晴れの旅立ちの日を汚されたような気がした。
 こんなところにやってきて、他の親たちに混じって拍手なんかしやがって。
 食事しようだって? バカらしい。
 俺が学校で何をやっていたかも知らないくせに。
 まっすぐに向き合うことすら出来ないくせに。
 あんたらのせいで、俺がどれだけきつい思いをしていたか知らないくせに。
 どんだけ傷付いたか知らないくせに。
 今日ここへやってきただけで、すべてをチャラにしようなんて思うな。
 部室のある旧校舎に入り、建物の影に入ったところで足を止め、壁に凭れた。
 胸の中のざわつきが大きくなって爆発しそうだ。
 大きく上下する胸を両手で押さえ、体を折って深く項垂れる。
 手で爆発を押さえるように強く自分を抱き締める。抑えた分だけ中の痛みが増した気がした。
 ふざけんな。
 ふざけんな。
 呪いの言葉を吐きながら、壁に凭れた背中がズリズリと落ちていき、俺はその場に蹲る。
 怖がっていたくせに。
 目をまともに見ることも出来ないくせに。
 言い争いの種はいつだって俺だった。
 二人して押し付け合っていたあの光景を俺は忘れない。
 一生忘れない。
 怒鳴ってやればよかった。
 お前らなんかいらない。目の前から消えることが出来て清々すると、言ってやればよかった。
「ちくしょう……」
 台無しだ。
 こんなことぐらいで、たかが親が卒業式に来たぐらいで、こんなに動揺してしまう自分が許せない。
 なににも心を動かさないで過ごしてきたはずなのに。
 遠くへ行くことだけを希望に生きてきたはずなのに。
 校舎の裏側でどこかの誰かが別れを惜しんでいる声が聞こえた。
 また会おうね、忘れないでねと、甘く湿った声が聞こえる。
 遠くの方で、雰囲気を盛り上げようと、空々しい音楽が流れている。
 冷たい壁に凭れながら、動かないまま、それらを聴いていた。


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