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さよならの前に君に伝えたかったこと
36

 絶対にまた顔を出してくださいと、後輩が冗談のように滂沱するのに「分かった分かった」と軽く答え、俺たちは見送られた。
 もう二度と歩くことはないだろう学校からの帰り道を、久しぶりの圭吾と二人で歩いた。
 三年の夏休みで引退してから、予備校だ図書館だと言いながら、たまに学校に顔を出す圭吾を避けてきた。
 志望校を決め、そこに向っているときに気を散らされるのが嫌だったし、それに、圭吾を騙し続けるのも嫌だった。
 会えば圭吾は俺の目を覗く。そして俺は圭吾の期待に応えてやりたいと思ってしまい、同時に俺も期待してしまうから。
 卒業式は午前中だったから、送別会を終えてもまだ三時にもなっていない。
 道は明るく、人通りもある。
 春に照らされた帰り道を、俺と圭吾は歩き続けた。
 やがていつものように、土手下の分かれ道に辿りつく。
 ここでバイバイだ。
「出発はいつなんだ?」
 いつもと変わらずに別れようとする俺に、圭吾が聞いてきた。
「早めに行こうと思ってる」
 俺の答えに圭吾はそうか、と口の中で答えている。
 早めもなにも、今日なんだけどな。
 そう言ったら圭吾はなんて言うだろうか。
 そんなことを思いながら、土手に上がる道を見ている俺に、また圭吾が聞いてきた。
「いつ頃?」
「……うん」
 どう答えようかと曖昧な声を出していたら、ポケットの携帯が震えた。
 誤魔化すように携帯を取りだし、目を落としたままメールを読む振りをする。
 さっき教室で別れたクラスメートから何通か入っていた。今別れたばかりの後輩からもなんだか熱烈なメールが来ている。
「孝介」
 名前を呼ばれ、圭吾を見上げる。
「いつ行くんだ?」
 試合のときみたいな真剣な顔をして、圭吾が俺を見つめている。
「いいじゃん別に。いつ出発しようが」
「よくないだろ」
「なんでよ」
「そりゃ、気になるからだろう」
「なにが?」
「……お前さあ」
 なんでそんながっかりしたような声を出すのか。情けなく下がった眉で、圭吾が俺を見つめている。
「見送りにも行きたいし、行く前に会いたいって思うだろう?」
 何言ってんだか、と、俺も圭吾を見つめ返した。
「今日だって久しぶりに会えたんだし」
 情けない顔のまま圭吾が笑った。
「俺に会いたかったってか? だっせー」
「そうだよ」
 ふざけて言った俺の言葉に、圭吾が答えた。
「なに言ってんだよ」
 まっすぐに俺を見つめて、会いたかったなんて言われたら、どう答えていいのか分からなくなるじゃないか。
 圭吾の顔を見ていられなくて、俺はひっきりなしに鳴る携帯に目を落とした。
「今日」
 携帯をいじりながら圭吾に告げる。
「今日?」
「うん。そう。これから家に行って、荷物持って、そのまま出るんだ」
 圭吾が絶句している。
 俺は携帯を見つめたまま、顔を上げずに立っていた。
「なんでまた……今日なんだよ」
 信じられないとでも言うような、責めるような口調で、圭吾が呟いた。
「早く行きたかったんだ」
「だって、それにしたって早すぎだろうが」
「そう?」
 携帯に文字を打ち込みながら、軽く答える。
 同級生の明後日ならどうか、っていう呼びかけに「ごめんな。実は今日出発するんだよ。みんなによろしく」って打ち込む。
 送信して携帯を閉じ「じゃ、そういうことだから」と、顔を上げた。
「そっちも元気で。ここでバイバイな」
 いつもの分かれ道。
 いつもの土手下で、いつもと同じように、さよならを言った。


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