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さよならの前に君に伝えたかったこと
44

 ラーメンで暖まった体が冷めないうちにと早足で帰る。
 途中、明日の朝食用のサンドイッチと飲み物を買って、新しい部屋のドアを開けた。
 中に入った途端、俺は落ち着かなくなってしまった。
 圭吾は「とりあえず、寝れる場所だけなんとかすればいいよな」と、部屋の隅に置いてある段ボールを開けている。
 時間は九時近かったし、圭吾は帰る気はないようだ。駅にやってきたときもバッグを持っていたし、それに今から帰ったら夜中になってしまう。
 一緒に来るって言われて、待ち合わせの場所に圭吾が現れたとき、その姿を見て「泊まる気なんだな」とは思っていた。ふうん、ってそれだけ思って、とにかく来てくれたことが、まあ、なんだ、嬉しかったから深くは考えなかった。
 だけどここにきて、一緒に飯食って、一緒に帰ってきて、部屋に入ったら「本当に泊まるんだ!」なんて思っちゃって、そりゃ分かっていたんだけど、なんかちょっと、「マジで?」って感じになってしまっている。
 そりゃ、キスは何回かやっているし、俺もそういうのは慣れちゃったっていうか、そん時は圭吾が祥弘とやりたいんだろうなって思ってたから、別にいいやって思っていたんだけど、圭吾はそうじゃない、なんて言ってて。
 そんで行くの寂しいとか、好きだ、とか、会いに来ていいか、なんて言われて、ここまで一緒に来ちまって、なんか本当「マジで?」って感じなんだ。
 圭吾は勝手にダンボールを開けていて、俺の服を適当に仕舞ったり、本を並べたりしている。
「ここでいいか?」
「ああ。うん」
「こだわりとかないのか? 分類別にするとか、服は色別に並べたいとか」
「別にねえよ。適当でいい」
 部屋には小さなクローゼットが付いていて、その中に衣装ケースを収め、引き出しにポイポイと俺の衣類を放り込んでいる。学校は制服だったし、洋服に気を使うなんてこともなかったから、俺の衣類は大した量じゃない。Tシャツと長Tが数枚、ボタンシャツ、ジャンバー、綿パンにジーンズが数本と、そんなもんだ。生活用品も、コップとか茶碗とか使っていた物を突っ込んできたけど、こっちに来てから揃えていくつもりだったから、これも少ない。
 二人で黙々と作業をし、小一時間もしないうちに段ボールはすべて空になった。まだいろいろな物が足りなくて、殺風景なもんだけど、それなりに人が住むっていう部屋になっていた。
 最後にこれだけは新しく買った布団一式とシーツ類がカバーに包まれたまま残っていた。一人暮らしだから、当然布団は一つしかない。
「ベッド入れるのか?」
 家具と呼べるべき物がまだ本棚しか置いていない、ガランとした空間を見回して、圭吾が聞いてきた。
 八畳のフローリングの部屋にはクローゼットがあるだけで、押し入れはない。洋服を隅に寄せれば布団が入るが、毎日それを出し入れするのは面倒な気がしたし、実家でもベッドに寝ていた。
「そのつもり」
「じゃあ、それも見に行かないとな」
「うん」
 会話をしながら圭吾が布団袋をガサガサと開けて、俺はその隣でシーツと毛布を出していた。
 一式しかねえぞ? どうすんだ?
 部屋の隅に敷かれた布団を黙って見下ろしていると、圭吾が「風呂入って来いよ。お湯出るんだろ?」って言った。
「ああ、うん。でも……」
 わざわざ俺に付き合ってここまでやってきて、引っ越しの手伝いをしてくれたんだから、圭吾が先に使うべきじゃないかって思って迷っていたら、「家主が入れよ。お前の部屋なんだからさ」って言われた。
 ほら、と促されて素直にバスルームに入る。
 パネル式の給湯システムのボタンで温度の設定をして、シャワーを出すと、すぐにお湯が出た。
 風呂にお湯を溜めながら、シャワーで汗を流し、髪を洗う。タオルにボディーソープを付けて体を擦りながら、いつもは適当に洗い流すのに、念入りに洗ってみたりなんかして、俺は何をしているんだ? なんて思いながら、お湯の溜まった湯船に浸かった。


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