INDEX
さよならの前に君に伝えたかったこと
45

 ホカホカになって風呂から出ると、入れ替わるようにして「借りるな」と、圭吾が入っていった。シャワーを流す音が聞えてくる。
 部屋に戻ると当然だけど、布団はやっぱり一組しかなかった。
 落ち着きなく部屋の中をウロウロして、シャワーの止まる音を聞いて、慌てて床に体育座りをした。
 髪を拭きながら圭吾が戻って来る。
 Tシャツ一枚に用意してきたらしいスエットパンツを履いている。
「それ一枚じゃ寒くないか?」
 ここは長野だ。Tシャツ一枚では寝ている時寒いんじゃないかと思った。
「ああ。トレーナーも一応持ってきた。風呂上がりじゃ暑い」
「そっか」
 部屋に入って来た圭吾と入れ替わるように台所に行き、冷蔵庫から水を出した。圭吾は今俺が座っていた場所の隣に腰をおろし、髪を拭いている。
「飲むか?」
「ああ」
 買ってきた飲料水のボトルを圭吾に渡し、俺は立ったまま自分のボトルに口を付けた。
 自分の部屋なのに、なんか居場所がない。つうか、どこに座ればいいのか分からない。
 ボトルを持ったまま突っ立っている俺を見て、圭吾が笑った。
「……なんだよ」
 ムッとして睨み下ろす。
「お前、ほんと可愛いな」
「うるせえ」
 尚も可笑しそうに圭吾が笑っている。
「まあ、座れって」
 ポンポンと、自分の隣の床を叩いている。
 俺はそこへはいかず、圭吾の正面に胡座をかいた。
「襲ったりしないから、そんなにキョドるな」
「なっ」
「俺は床で寝るから」
「床でって」
「雑魚寝なんか慣れてるし、毛布一枚あればどこでも寝れるから」
 な、って笑って俺の渡したペットボトルの蓋を開けた。
 キョドるとか。なに言ってんのかとムカついた。なんで俺がキョドるんだよ。自分の部屋なのに。
 圭吾は相変わらずこっちを見て笑っている。余裕ぶって、人の心配の先回りをして、「襲わない」とかふざけんなと思った。
「やっぱりカーテンないと落ち着かないな」
「ああ、そうだな」
髪を拭きながら窓を向いた圭吾が「まずカーテンだろ。あとベッドと。それからなにがいるんだ?」と、明日の買い物のことを話題に出した。テーブルと、それからレンジとか、生活に必要なものたちを二人で相談しながらリストアップしていく。
「けっこういろいろあるよな。金は親にもらってるのか?」
「うん。カードあるし。そっちは心配ない」
「そうか」
「なあ」
「なに?」
「お前いつまでいるんだ? その、 明日……帰る?」
圭吾の方を見ないで、持っていたボトルを見つめたまま聞いてみる。
別に、いつまでいたっていいんだけど、明日帰ったってそんなのは全然いいんだけど、でも、それによっては明日以降の行動が変わるっていうか、例えば明後日もいるつもりなら、どっか別の場所に行けるんじゃないかとか、そんな感じ。
ただ、俺がそれを気にしているって思われるのもなんかしゃくだし、それこそまた面白がって「俺が帰ったら寂しいか?」なんて聞かれたらむかつくんだけど、でもやっぱり聞いとかないとこっちも計画のしようがないっていうか。
どう切り出したらよかったのか、自分でもよく分からなくて、心の中でいろいろとしゃべっている俺だけど、結局そんな聞き方しかできなくて、そんな俺を圭吾はやっぱりちょっと笑って見つめてくる。
「あのさ。孝介」
明日帰るのか、それとももうちょっといてくれるのか。圭吾の返事を待って、その顔を見返した。
「さっきの話の続きなんだけどさ」
「なんだ?」
「俺はまたここに来てもいいか?」
 タオルを首に掛け、水を一口飲んで、圭吾が言った。
「会いに来てもいいか?」
 正面に座ってしまったことを後悔した。
 圭吾が真剣な顔をして、まっすぐに俺を見つめてくる。真正面に座っているから誤魔化すことが出来なくて、下を向けば迷っているように見えるし、横を向けば拒絶しているように見えるだろうし、かといって見つめ返すのが恥ずかしい。
「お前も向こうに帰ったとき、俺に会いに来てくれるか?」
 そういう風に聞かれると、すげえ困る。
 そんな真剣な顔をして、必死な感じで聞かれると、どうしていいのか分からない。
 つうか、圭吾ってどうしていつもこうなんだろう。いちいちこうやって俺に聞いてくる。「来てもいいか」じゃなくて、「来るぞ」って言ってくれれば俺だって「別に来ればいいじゃん」って言えるのに。俺に決定権委ねるなっつうの。
「孝介」
 引っ越しの挨拶とか、荷物の片付けとかは率先してやるくせに、「弟をよろしく」なんてしれっとして言うくせに、なんでこういうときだけ気弱になるんだよ。
「じゃあ俺が駄目だっつったらお前は来ないのかよ」
 ああ、またそうやって眉をハの字にして困った顔をするし。
「別に来たきゃ勝手に来りゃいいんじゃねえの?」
 そして俺もこんなだし。
「帰るときはこっちも連絡するよ。それでいいだろっ?」
 マジこんなだし。
「ああ。うん」
 どういう風に受け取っていいのか分からない圭吾は、納得したようなしないような、曖昧な顔をしている。
「もう寝ようぜ。俺、疲れた」
「……そうだな」
 圭吾の前をドカドカと通り過ぎ、電気を消して、布団に入った。布団を被ったら、新しい匂いがした。
 毛布だけ貸してくれよなと、後ろで圭吾が横になる気配がした。
 壁の方を向いていた体を反転させて、布団をめくった。
「狭いけど、床よりいいだろ。こっちくれば」
 まだ暑いのか、Tシャツだけを着たまま腰まで毛布を掛けて横になろうとしていた圭吾は、え、というような顔をして俺を見た。
「布団ひとつしかねえし。手伝ってもらったし、ほんとはお前が布団で寝るべきなんだろうけど」
「そんなのは平気だよ」
「でも俺も布団で寝たいし。襲う気ねえんだろ? ならいいじゃん。一緒に寝ても」
 ほら、と乱暴にもう一度布団を上げて、圭吾が入ってきたところでまた体を反転させて壁の方を向いた。


novellist