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さよならの前に君に伝えたかったこと
5

 遠くで声が聞こえる。
 薄ぼんやりとしていて、何を言っているのかは分からない。子守唄みたいで、気持ちいいような、泣きたくなるような……。
 俺の葬式だ。たぶん。
 子守唄みたいなのは坊さんの経で、薄らぼんやりと見える煙は、線香か、それとも焼かれて昇る、本当の煙なのか。
 死んだら花畑があるとか、川があってそれを渡るとか聞いていたけど、そんなものはなかった。誰も迎えに来ないし、先に死んじゃったはずのじいちゃんも、可愛がっていた犬のコロもいなかった。
 生まれてから死ぬまでの、自分の一生を早送りで見るっていうあれ、何て言うんだっけ。 ジェットコースターみたいに、ザァーって見るやつ。馬っていう字が出てくる……忘れた。あれも出てこなかった。
 あ、トラックって思って、同時に圭吾って思って、それだけ。
 だから俺は今お前の傍にいるのかな。
 体がふわふわしている。浮いている感じだ。自分の手を見ることもできない。透明人間だ。だから誰にも見えないのかな。
 圭吾の隣で昇っていく煙を見上げた。焼かれた俺の煙を見上げて、圭吾が涙を流している。
 あの煙になって、俺が昇っているって思っているんだろうな、きっと。
 じいちゃんが死んだとき、母さんが「ほらおじいちゃんがお空に昇っていくよ」って教えてくれた。俺もそれを信じていた。
 だけど、俺は圭吾の隣で一緒に空を仰いでいる。
 見上げた空はとても遠い。いつか、俺もあそこに行けるんだろうか。
 なあ、圭吾。
 あれから圭吾はずっと泣いている。俺の名前を呼びながら、ごめんな、ごめんと繰り返し泣いている。学校も行ってないし、飯もろくに食ってない。そんなんじゃ体壊すぞ。ほら、俺、気にしてねえから。
 見えない体で圭吾の背中を叩く。
 何も伝わらない。
 俺がこんなこと思うのもちょっと不謹慎だけど、お前がこんなに泣いてくれるのが、ちょっと嬉しい。ほんと不謹慎なんだけど、でも俺死んじまったんだから、これぐらい思ってもいいよな?
 飯も食えなくなるほど俺のことを思ってくれて、嬉しい。
 ああ、こうなることがわかってたんなら、言ってしまえばよかった。
 お前が好きだったって。
 友達じゃなくて、親友じゃなくて、お前のことが好きだったよって。
 お前といると楽しいけど、同時にすごくドキドキしていた。
 部活で「貸してくれ」って、俺のタオルで汗を拭いた時も、一緒に屋上で弁当食ってた時も、二人して部屋で漫画読んでた時も、ずっとドキドキしていた。合宿で風呂入って、ふざけて背中を流しっこした時も、心臓がバクバクいって、お前の顔が見られなかった。
 お前に触れたい。
 抱きしめたい。
 抱きしめられたい。
 キスしたい。
 好きだって言いたい。
 そして、俺もだよって、言われたい。
 これが――これが、俺の本心。
 あの日、お前に伝えられなかった、絶対に知られたくなかった俺の本当の気持ちだ。
 な? おかしいだろ?
 言っちまえばよかったのかな。でも言っちまって俺が死んだら、お前もっと自分を責めるよな。そもそもそうしてたら、一緒に帰ることなんてなくなってて、俺、自転車でお前んとこに行こうなんて思わなかっただろうから、死ななかったかもしれないし。
 もしも、もしも……いろんなもしもが頭の中を駆け巡って、わからなくなる。
 わかっているのは、俺たちは喧嘩をしたまま永遠に会えなくなって、圭吾はそれが自分のせいだと思っていて、自分を責めて泣いているってことだけだ。
 お前の後悔が俺を引き止めるのか、俺の後悔が圭吾の傍に留まらせるのか、それとも両方なのか。
 わからない。わからないけど、せめて伝えたい。圭吾のせいじゃないって、自分をそんなに責めるなって、伝えたい。
 喧嘩なんてよくしていたし、あの日のあれもその中の一つなんだ。お前が怒るのも無理ないし、ほら、俺、うっかりだから、そんで自分の不注意で、うっかりトラックに撥ねられただけなんだって。
 だから、もう泣くなって。
 部屋で、ベッドに突っ伏したまま、何日も泣き続ける圭吾に俺は必死に語りかけた。
 時々圭吾の両親が心配そうに覗きに来た。
「少しでもいいから食べなさい」って、お握りや、サンドイッチなんかを持ってくる。
 圭吾はそれをほんのちょっと食べただけでまた泣く。泣いて俺の名前を呼ぶ。
 呼ばれて返事が出来ないのが、哀しい。傍にいるのに触れられないのが、とても哀しい。体が無くなってるのに、自分がなくなっているのに、哀しい気持ちになるなんておかしなもんだな。


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