INDEX |
さよならの前に君に伝えたかったこと |
7 |
――暗転 そして光 それから、また暗転。 俺はまだ圭吾の傍にいる。 不思議なことに、俺はずっと圭吾の傍にいるのに、それが圭吾にとっては時々のことのようだった。 何故なら、圭吾の傍にいて、突然圭吾の服が変わっていたり、髪形が変わっていたりするからだ。 どうやら俺は、圭吾が俺を思い出してくれる時にだけ、こいつの傍にいられるらしい。 その他の時間はすべて、暗転。暗くなったという感覚すらない。圭吾の部屋にいるはずなのに、突然気がつくと外にいたりする。初めは戸惑ったけれど、もう慣れた。 これが、俺はいなくなったということなんだろう。 あの日から、俺にとっては何日かしか経っていなくても、きっともう何ヶ月も経っているんだろう。 俺の時間は止まっていて、圭吾の時間は進んでいく。 圭吾が俺を思い出すたびに、俺は圭吾の傍に現れる。学校の体育館だったり、いつも歩いた土手だったり、圭吾の部屋だったり。 そのたびに泣き顔だった圭吾も、少しずつ立ち直ってきた。ちょっと寂しい気もするけど、泣いている顔より、やっぱ笑っている圭吾の方がいいもんな。 自分の墓参りに連れて行かれた時は、変な気分だった。俺はその中に入っていないのになあって、肩を叩きたかったけど出来なかった。 その日も晴れていて、相変わらず空は遠かった。 俺はいつ、昇っていけるんだろう。 しょっちゅう圭吾が俺を思い出してくれるから、俺は忙しい。授業中に一緒に数学なんか聞かされて、おいおい、死んでまで勉強させる気かよと、こういう時は授業に集中しろよと恨みもした。 それから、あそこにも行った。二人で行こうと思っていた、スポーツ用品店。 並べられたバッシュの棚の前で、圭吾は長いあいだ、本当に長いあいだそれを見ていた。俺も隣で圭吾に合うやつを捜していた。圭吾ならどんなのを俺に選んでくれただろう。 俺のサイズは二十八pで、圭吾は二十九pもきつくなったって言ってたっけ。 中学に入ったときは、俺とそれほど変わらなかった身長も、圭吾の方は骨がバキバキ鳴る勢いで伸びていって、今じゃ俺より頭一つ半ぐらい大きい。 大きな掌はボールを軽々と掴んで、圭吾の手に渡るとまるで意志を持っているみたいに自由に動いていた。 そんなことを思い出しながら、あの日、約束を果たせなかった店で、二人並んで靴を選ぶ。 俺のは二十八、圭吾のは三十。 俺の足はこれからもずっと二十八のままで、圭吾はもっと大きくなっていくんだろう。 いろいろな場所で、圭吾は俺を想い出しては時々微笑み、それから少し涙ぐむ。 でも一番よく一緒にいられるのは、やっぱりあの土手だった。 最後に喧嘩した土手。たくさんの思い出と一緒に、圭吾の後悔の詰まった場所。今でも圭吾は自分を責め続けている。俺に謝り続けている。 でも、俺にはもうどうする事も出来ない。圭吾が自分で乗り越えていくしかないんだ。 俺と同じで、きっと圭吾の頭の中も、もしも、もしもでいっぱいになっているんだろう。 だけど、もしもは結局現実じゃなくて、あるのは俺が死んでしまった事実だけで、だからそれをしっかり受け止めて、生きていくしかないんだと思う。 時々圭吾が俺を思い出してくれるから、俺は季節を感じることができる。半袖の圭吾、コートを着ている圭吾。少し髪が伸びた圭吾。 あれは驚いたぞ。 放課後一緒に土手を歩いていたと思ったら、突然知らない部屋に俺は居て、そんで、お前と三組の女子と、その……セックスしてるのを見せられた時は。 相手がサエじゃないことにも驚いたけど、俺がそれを見ているってことは、お前が俺を思い出している時で、ということは、お前、三組の女子を抱きながら、俺のことを考えてやってたということで。それは……ちょっと……ダメだろう? だけど、事が終るまで俺はそこから動くことが出来なくて、ホント、困ったんだぜ。まあ、あれ一回きりだったけど。 俺といる時、悲しそうな顔から、少しずつ穏やかな表情をするようになっていく圭吾。 俺を失くした悲しみや罪悪感よりも、懐かしい俺との思い出を多く拾うようになっていく。そうやって圭吾の変わり具合から、俺を思い出す時間が少なくなってきたことを知る。 だけどそれでいいんだと思う。だって、俺の時間は止まっていて、圭吾の人生はこれからまだまだ長く続くから。 それに、うぬぼれじゃないけど、圭吾が完全に俺を忘れることはないと信じているから。 そうだろ? 圭吾。 だから少しずつだけど、俺にとっては突然に大人になっていく圭吾に、一生懸命に語りかける。いつ暗転になるかわからないから、その時の圭吾がどんな状況なのか、懸命に想像する。 今何年なんだ? 勉強はしてるのか? バスケはどうなった? 全国行けたか? ガールフレンド(ボーイフレンドでもいいけど)できたのか? なんかお前格好よくなったな。惚れ直したぜ。 まだ苦しんでいるのか? 俺がいなくて、哀しいか? まだ俺のことを好きでいてくれるのか? 卒業式も一緒に出させてもらった。大学に行ったらしい圭吾も見ることができた。 なあ、圭吾。 お前は将来何になるんだ? もし、俺が生きていたら、お前と同じ職業を選びたかったんだ。いつも一緒にいられるように。 あん時の俺たちは、その日を楽しく過ごすことしか考えてなくて、俺はお前のことしか考えてなくて、そんな話もしなかったよな。 圭吾 圭吾 お前は今何を考えている? 何を考えて、俺のことを思い出している? |
novellist |