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さよならの前に君に伝えたかったこと
8

 土手を歩いている圭吾は、すげえ大人になっていた。スーツなんか着て、背も高くなっていた。
 サラリーマンになったのか? さっきの圭吾から、何年か経っちまったんだろうか。でも土手を歩いているってことは、家から通える所に就職したのか?
 土手の景色は変わらない。俺もそのままずっと圭吾の傍にいる。変わっていくのは圭吾だけだ。
 向こうから学生が歩いてきた。俺達の通っていた高校の制服だ。圭吾が足を止める。俺にとってはそうでもないけど、圭吾にとっては懐かしい制服なんだろうな、なんて思って可笑しくなる。
 歩いてきた学生も圭吾に気づいて足を止めた。なに? 知り合い?
「先生?」
 その学生が言った。
 なに? 圭吾、お前先生になったの?
「あ、ええと、確か二年の……」
 相手の学生は、ふっと笑うと、小さく目礼してそのまま通り過ぎようとした。
 なんだよ、挨拶もなしかよ。そりゃ名前忘れた圭吾も悪いけど、一応先生なんだろ?  
 なんて圭吾の代りに怒ってみた。先輩を尊敬しろよって。
 俺の声が聞こえる筈もないのに、その学生は振り返って、じっとこっちを見た。
 何となく俺のほうに視線がきているような気がする。
 圭吾がその学生の視線の先を追って俺のほうを見た。だけどいつものようにその視線は俺の上を通り過ぎるだけだ。
 学生の腕がすっと上がって、俺のほうを指差す。
「それ……」
 俺? 俺のこと? 俺が見えるのか? 俺すらも、俺が見えないのに。
 だけどこいつの指先は確かに俺のほうを差している。まっすぐに向けられた視線は、そこに見えているものが当たり前に見えているみたいに俺を捉えて動かない。
 本当に? 本当に見えているのか?
 語りかけたら信じられないことに、そいつは頷いた。
 声も? 声も聞こえているのか? 
 俺、俺祥弘。相田祥弘っていうんだ。お前聞こえるか?
「あいだ……よしひろ?」
 すげえ! 聞こえてる。俺の声が聞こえてる。
 隣で圭吾が息を呑むのがわかった。
「……なに? なんで……その名前……」
 びっくりするのも無理はない。だって圭吾には俺がここにいるのがわかっていないんだから。
 だけど今それを心配している場合じゃない。俺は一生懸命そいつに話しかけた。
 俺こいつの友達で、相田祥弘っていうんだけど、死んじゃって幽霊みたいになってるんだけど、怖がらないでくれ。怖くないから。俺、絶対怖いことしないから。だから話を聞いてくれ。なんだか怪しい勧誘のおじさんみたいになっちまってるけど、怪しくないから、怖くないから、な。
「別に怖くないけど」
 どうでもよさそうにそいつが返事をする。それもなんだかおかしな気もするが。だいたいこの状況に慌てないお前が怖いよ。と思ったが、今はそれも構っていられない。
「……で、話って?」
 そう。そうだ。俺が見えるのはお前だけみたいだから、お前ちょっと俺の通訳してくれよ。圭吾の奴、全然俺に気がつかないんだよ。だから頼むよ。
「えー、面倒くさい」
 そいつはこともなげにそう言うと、こっちに背を向けて歩き出した。
 おいおいおいおい。それはないんじゃないか? なあ、頼むよ。初めてなんだよ。俺に気がついてくれたの。お前だけなんだよ。なあ、圭吾、お前も突っ立ってないでなんか言えよ。っていっても、聞こえないし。びっくりして固まってるし。ほら、行っちまう。お願いだ。なあ、おい!
 俺がこれだけ必死にお願いしてるのに、振り向くこともなくあいつは行ってしまった。


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