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エイジ My Love
8


 放課後の図書館。
 クーラーの効いた室内は快適で、シィンとしている。ノートを捲る音と、カツカツとペンが走る音。ときどき聞こえる咳と、声を殺した笑い声。そんなもので溢れていた。
「……エイジくん」
 向かいにいる二宮が小さい声で俺を呼び、机の上にそっと握り拳を出してきた。
「なに?」
「あげる」
 開かれたノートの上に飴が置かれる。
「ありがとう」
 カサカサと音がするのに気を遣いながら袋から出し、飴を口に放り込む。ミントの味がした。
 隣では光一がその隣にいる二宮の友だちの鈴木に何かを言っている。自分の持っている問題集の使いやすさを聞かれているらしかった。
 二宮の隣にいるもうひとりの女子は、やはり隣にいる俺のクラスの佐藤と話し込んでいた。こっちは相当意気投合したらしく、二人して肩を寄せ合い、くつくつと肩を震わせ笑っていた。
 図書館通いは三日目に突入していた。試験勉強はまあまあ捗っているといえる。図書館に来れば他にやることがないからだ。
 これがいつものように光一と二人でどっちかの部屋でってことになっていたら、結局試験勉強なんか形もやらなかっただろうと思えば、収穫がなくもない。まあよかったんだろうと思う。
「ねえ。今日は早めに切り上げて、みんなでどっか行かない? 三日間結構頑張ったんだし」
 そろそろかと思っていた誘いがやってきた。つうか、この場合本来ならこっち側から言い出すべきだったんだろうけど。
「そうしようか」
 言うが早いか佐藤が帰り支度を始めた。佐藤のこんな早い動きを初めて見た気がした。
 周りに促される形で俺もノートと問題集を鞄に仕舞う。光一も同じように帰り支度をしていた。
「どこ行く?」
 図書室を出たところで二宮が俺に聞いた。
「うーん、どうしようか」
 学校帰りにこの人数で寄ろうと思えば、自ずと場所が決まってくる。駅近のファミレスか、せいぜいカラオケボックスか。
「あ、悪ぃ、俺ちょっと用事があるんだ」
 誰よりも早く帰る準備をしていた佐藤が突然言い、「……あー、私も今日買い物頼まれてたんだ」と、佐藤の隣に立っていた女子がこれも突然思い出し、「あ、そうなの? じゃあ駅まで一緒に帰ろうか」と、二人で意気投合し、二人で話を進め、二人で帰っていった。
 あまりの白々しさにその場に棒立ちになる俺らだった。
 たぶん明日からの勉強会に、あの二人は参加しないと思われた。
「あー……、じゃあ、ファミレスでも、行く?」
「そうだね」と二宮が言い、なんとなく二人ずつ並んだ形で道を歩いた。
 ファミレスに入ると、うちの学校の生徒がけっこういた。ひとりノートを広げている生徒もいたし、ただ集まってしゃべっている集団もいた。
 禁煙席の一角に四人で座り、何となくの時間を過ごす。話すことは適当で、だけど特に退屈だというわけでもなく、沸き立つようなときめきもない。学校の延長、いつもの光景の中、だらだらと時間が過ぎていった。
 この三日間で二宮の性格はだいたい分かってきていた。たった三日間だし、往々にして演技も入っているだろうし、それはこっち側も同じだけど。
 声を掛けてきたときは意外と積極的なのかと思ったものだが、話してみるとそれほどでもなく、この子にとっては呼び出して、こうして誘って来たこと自体、大分勇気のいったことなんじゃないかなと推測できた。あとの二人も似たような印象で、特に大人しいというわけでもないが、学校で目立っているような派手な女子たちとも違う、ごく普通の高校生、つまりは俺らとあんまり変わらない感覚の持ち主のように感じた。
 三日間一緒に勉強会をやって、二宮が俺に気を遣ってくるのも分かったし、こっちに向けてくる好意のようなものも感じ取れた。それは悪くない心地好さで、やっぱり好かれていると思えるのは単純に嬉しい。
 たぶんこのままこういう付き合いを続けていったら、さっきの佐藤のようにそのうち二人で遊びに行くことになるんだろうし、そのまま付き合っていくのかなー、なんて朧気に思う。前に付き合っていた先輩ともそんな感じだったから。
「俺、ドリンクお代わりしてくる」
「あ、私も」
 光一と一緒に鈴木が席を立った。
「エイジ、おまえは? 持ってこようか?」
「ああ。同じの頼む」
 鈴木も二宮に同じことを聞き、二人してドリンクバーに歩いていく。
 光一も普通に女子と仲良くやっている。むしろ俺なんかよりずっと自然で楽しそうに見える。
 まあ、もともとモテないわけじゃない光一だし、女子ともいつも気軽にじゃれ合っている。
 それに、あいつは女の子を恋愛対象として意識することがないわけだから、却ってそういうところに余裕がでるのかもしれない。俺らみたいにガツガツする必要がないわけだから。






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