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幸せの端数 |
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陸の使うベッドのすぐ下に、自分用の布団を敷く。 成人男子が二人で横になるには、シングルは狭過ぎた。かと言って、そのためだけにベッドを買い替えるわけにもいかなかった。 寝る準備を済ませ、陸を先にベッドに入れ、部屋の電気を消しに行く。俊彦の声が見えるように、小さな明かりを付けたままにするのもいつものことだ。 部屋の入り口にあるスイッチを押して戻ってくると、自分の枕を抱いた陸が下の布団にいた。悪戯っぽい笑みを浮かべ、俊彦を見上げている。布団の真ん中の位置にある枕をずらすと、陸が当然のように隣に自分の枕を置く。スルリと先に布団に潜り、それから掛布団を上げてきた。誘われるまま、俊彦は陸の横に滑り込んだ。 すぐ横にある顔が笑っている。無邪気な表情が、俊彦の目を覗いてきた。 「今日は楽しかった。水族館」 「ああ。俺も楽しかった。また行こうか」 海のトンネルにイルカショー。レンタカーでドライブし、食事も美味しかった。何事もなく陸が進学していれば、もっと前に実現していたはずの、二人の時間だ。一年違いで同じ大学に通い、もしかしたら俊彦は自然にここに住んでいたかもしれない。子どもの時のように陸の世話をやき、ずっと二人で過ごしていたかもしれない。 離れていた二年と少しの期間は、破壊と再生、後悔と贖罪の日々だった。過ぎてしまった時間は取り戻せないが、だからこそ今、ここにこうしていられることが幸福だと思った。 隣で横になっていた陸が、俊彦の肩に頭を載せてきた。腕を伸ばして、陸の枕になる。顎の下にすっぽりと嵌り、陸が顔を寄せてくる。首筋に唇が当たった。 陸が上向く。誘ってくるそこへ、自分の唇を重ねた。 「……ん」 柔らかい溜息を聞く。薄い舌が内側を撫でてきて、自分の舌でそれを迎えた。ひらひらと俊彦の中を彷徨いながら、大きく合わせてくる。陸の首の下に敷いていた腕を動かし、細い肩を抱き寄せた。もう一度近づいてきた唇を、自分から迎えに行った。 小さな水音が立ち、陸が甘い吐息を吐いた。 「……明日も早いよ。陸、もう寝よう」 夜も遅く、今日は一日中外で遊んだ。体力があるといっても、初めての場所に行けば、聞こえない陸はそれなりに気を張る。きっと疲れただろう。 俊彦の気遣いに陸がまた笑い、自分から腕を回し、俊彦の首を抱いてきた。引き寄せられて、また重なる。 「陸、ほら。もう寝ないと」 「まだ眠くない」 見上げてくる目はやはり笑っていて、少しばかり挑戦的だ。 初めてこの部屋に泊まった夜以来、キス以上の行為には及んでいなかった。二人で一つの布団に入り、手を繋いだまま眠りに就いていた。 「俊彦」 せがむような声で名前を呼ばれ、思わず眦を下げる。困っている俊彦に、陸は尚も挑戦的な視線を送ってくる。 「明日、朝一の授業だろ?」 「平気だ。起きれる。俊彦が起こしてくれるから」 「分からないだろ? 俺だって寝坊するかもしれないし」 笑いながら諭し、陸のキスに応答しているうちに、陸がどんどん侵食してきた。差し入れられた舌で中を舐られ、強く吸ってくる。長い睫毛が薄暗い明かりの中でも影を落としている。強引に迫っていながら、苦しそうに眉根を寄せているのが、可愛らしいと思った。 求められていることを嬉しく思い、至近距離で懸命に俊彦を欲しがっている陸の表情を眺め、観察することで冷静を保とうとした。 まだ恐ろしいのだ。 これ以上のことをして、タガが外れるのが恐ろしい。 醜いまでの自分本位さを自覚していた。情欲にまみれ、いつかのように暴走し、再び陸を傷付けてしまうんじゃないかと思うと、どうしてもその先に進めない。 突然、吸い付いていた唇が離れ、凝視された。激しく寄せられた眉と、燃えるような目には明らかに怒りが浮かんでいる。それは子どもの頃の気性の激しい陸の表情で、一瞬あの頃に戻ったような錯覚をさせられ、同時に慌てた。 |
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