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本日晴天
(空の蒼 番外編)


 台所に立って鍋を火に掛ける。細かく刻んだ野菜と、これも細かく刻んだハムを入れ、適当に塩コショウを振って顆粒のコンソメを入れ、トマト缶を開けて更に煮る。即席のミネステローネの出来上がりだ。
「俺も食べる」と、ギンちゃんが俺の隣にやってきた。
「チーズ載せる?」
「うん」
スープをカップに移してチーズを載せる。これをトースターでちょっとだけ焼くのが、最近のギンちゃんのお気に入りの食べ方だ。
「目玉? グジャグジャ?」
「目玉。半熟で。固くすんなよ」
 トースターの前でスープの番をしているギンちゃんに命令され、慎重に目玉焼きを作る。油断して別の作業をやっていると、つい火が通りすぎてしまい、ガッカリさせてしまうのだ。
 熱くなったカップを火傷をしないように運んだギンちゃんが、今度は同じトースターでパンを焼いている。自分の分も焼いているから、食欲も戻ったみたいだ。弱って甘えてくるギンちゃんは可愛いけど、元気なギンちゃんを見るのは単純に嬉しい。
 簡単な朝ご飯が食卓に並び、向かい合って食べる。
 目玉焼きにフォークを刺すと、トロっと黄身が流れて、それを見たギンちゃんがポコっと笑った。今日のは満足な出来らしい。
 外もすっかり夜が明けて、カーテンを開けた部屋も明るくなっていた。
「おまえ、何時に出るんだ? 六時から宮出しなんだろ?」 
 一日掛けて浅草の街を練り歩く御輿担ぎは、あちこちに設けてある受け渡し所で渡輿が行われる。シャンシャンシャンという一本締めの後、かけ声と共に御輿の受け渡しをする儀式がある。日本でも有数の大きな祭りだから、全国から俺みたいな祭り好きが集まり、担ぎ手として参加するのだ。
「うん。でも俺は五番手だから大丈夫。一番手は集合が三時半だ」
「早ぇな」
 三日目の朝に行われる宮出しは御輿担ぎにとってのメインイベントで、そうそう参加できるものではない。前日に行われる抽選で「当たり札」を引いた者しか担げないし、朝の五時には浅草寺の入場規制が張られ、入ることさえできなくなる。
「おまえ、怪我すんなよ」
 前にギンちゃんを三社祭に連れてって、初めて俺らの担ぐ光景を目にしたギンちゃんは、かなりの衝撃を受けたらしく、毎回そう言って心配する。
 町御輿とはまた違う宮御輿は、何千人もの担ぎ手が御輿を囲み、もみくちゃになりながら進んでいく。下手をすると御輿に触ることもできずに外にはじき出されるから、みんなどうにか担ぎ棒に辿り着こうと小競り合いになるのだ。鼻棒という御輿の一番前の棒を狙おうもんならそれは凄まじい競争になる。宮御輿を担ぐということは、それぐらい栄誉あることなのだ。
「ギンちゃんは? 今日観に来る?」
「ああ。行けそうだ。午前中のうちに宮地さんとこに上がらせてもらう。チビちーたちと一緒に」
 仲見世の店舗の二階に住まいのある宮地さんは欄間職人で、うちの工務店と付き合いがある人だ。普段は建具を作る仕事をしているが、彼は御輿の飾りを彫る職人でもある。
 三社祭は参加者も見物人も膨大で、もの凄い騒ぎになるから、毎年宮地さんの家に早い時間に寄せてもらい、上から見物させてもらっている。特等席だ。
「ギンちゃんも無理すんなよ」
「ああ。しねえよ」
 たっぷりとバターが塗られたトーストをサクサク食いながら、ギンちゃんが言った。
「大丈夫だ」
「そうか。大丈夫か」
 熱々のスープがほんの少し冷めたのを確かめたギンちゃんが、ふうふういいながらそれを口に運んで、またポコっと笑った。





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