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うさちゃんと辰郎くん
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 黙ったままふたりして並んで歩く。
 なにか気に障るようなことを言ったのかと、今の会話を反芻しながら歩いていた。
 チョコをもらったお返しをしないと言ったことに驚いたのが、責めているように聞こえたんだろうか。
 そんなつもりはなかったけど、もし宇佐さんにもらったのなら、宇佐さんにだけはお返しするのかなって思ったから吃驚したのだ。
「その子、どんな子?」
「え?」
 急に辰郎君がしゃべり出したから、とっさに聞き返すと「そのチョコくれた子。可愛い?」と聞いてきた。
「うーん。どうだろう。可愛いのかなあ。大人しい子だよ」
 聞かれてもそれぐらいしか感想が言えなかった。
「ふうん」
「うん。真面目な感じ。でも面白いよ。虫が好きなんだって」
 大人しいけれど、女子一人で生物部に入部してくるあたりは物怖じしないとも言える。僕らと一緒になってジャージの裾をまくり上げて田んぼにも川にもどんどん入っていくし。
 僕も虫は好きだけれど、どっちかっていうと最近は微生物の方に興味があるが、三田さんはもっぱら水中の幼虫なんかを見つけては熱心に観察している。
 小学生の頃、カマキリの卵を自分の部屋の勉強机に入れていて、家族をパニックに陥れたと笑う三田さん。
 僕にも似たような経験があったから、そういう点ではとても気の合う後輩だった。
 ヤゴの幼虫なんかは珍しくもないし、うっかりミジンコたちの水槽に入れたりすると、全部食べられちゃったりするから、どっちかっていうと捕まえたくないのだが、三田さんにとってはそいつらも愛しいらしく、手に乗せてニヤリと笑っている姿は微笑ましいと思う。
 僕も顕微鏡を覗くときは、たぶん三田さんと同じような表情をしていると思うから。
 だからウサギのストラップをもらったときは少し意外な気がした。
 彼女ならとんぼとか、たがめとか、サナダムシとかを選ぶイメージだったから。
 まあ、トンボはともかく、あとの二つのストラップは恐らくは探すのが難しいだろうと思うけど。
「なんかウサギの人形もらったんだって?」
 竹内マルガリータは逐一辰郎君に報告をしているようだった。
「ああ。うん」
「見せて」
 そう言われて、携帯を取り出した。
 携帯にぶら下げた二つのウサギが仲良く揺れている。
「ふたつ?」
 僕の携帯を受け取って、ふたつのウサギを手に乗せた辰郎君が聞いてきた。
「ううん。眼鏡掛けてる方。もう一つのは自分で買った。この前姉ちゃんの買い物に付き合ったとき」
 そう説明する僕に、辰郎君は「ふうん」と頷いている。
「可愛いな」
「うん」
「気に入ってる?」
「そりゃあ。うん。一目で気に入って買った物だし」
 言ってしまってから、僕がなんでこのウサギを一目で気に入ったかという理由が分かってしまったかもと気がついて、慌ててしまった。
「あ、でも、この顔っていうか、戯けた表情が気に入って」
「ふうん」
「野球とか、サッカーボール持ってるのとかもいたんだけど、こっちの方が可愛いと思ったから」
 しどろもどろになりながら、意味のない言い訳をしてみる。
「これ、もらっていい?」
 僕のウサギを摘んで、辰郎君が「これちょーだい」とねだってきた。
「え、これ?」
「うん。可愛いし。駄目?」
「いいけど」
「本当?」
「うん。でも……」
 なんでそんなものが欲しいの? て聞く前に、辰郎君は「やったね」と言って、携帯から僕のウサギを外していた。
 仲良く並んでいたウサギが眼鏡うさぎ一人になった。
 携帯を僕に返しながら、辰郎君が嬉しそうに笑った。
 こんなもので喜んでもらえるなら初めからプレゼント用にもうひとつ用意しておけばよかったと思った。
 そしたらお揃いのストラップになったのになあ、なんて考えて、「お揃い」という発想に自分で赤くなってしまった。
「見て。おそろ」
 僕の携帯に、自分の携帯を並べて、辰郎くんが言う。
 お揃いなんて、辰郎くんが言うことが意外で、でも僕と同じ発想だ、なんて思ってそれがとても嬉しくて、僕は別々の携帯にそれぞれ付けられた二つのうさぎを見比べて、笑った。


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