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うさちゃんと辰郎くん
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「今度代わりのもの、なんかお返しするよ。やっぱりウサギがいい?」
「い、いいよ、そんなの」
「する。したい。だってうさちゃんのお気に入りを取り上げちゃったもんな」
 さっきお返しは面倒だと言っていた辰郎君は、「絶対にお返しする」と言ってきかなかった。
 へんなの、ってちょっと思ったけれど、僕にとってはとても嬉しい事だったので、そのお返しを楽しみにすることにした。
「じゃあ、楽しみにしてるよ。うさぎじゃなくてもいいよ。辰郎君が気に入ったもので」
「そう? ミジンコとか?」
「ミジンコねえ。それは嬉しいけど、ミジンコのマスコットを探すのはとても難しいと思うよ」
「そうか」
「ミジンコのグッズなんて見たことないもん」
「だな」
 歩きながら、辰郎君は自分の携帯に付いたウサギを揺らしている。
「可愛いな」
 そう言って僕の方を向いて笑ってくるから、何だか僕のことを言われているみたいに聞こえて、そんなはずはないんだけど、ていうか、もちろん僕のあげたウサギのストラップのことだって分かってるんだけど……嬉しくて、僕は歩きながら下を向いて、思わずニヤついてしまった。
「うさちゃんはさあ」
「なに?」
「誰かにチョコは用意しなかったの?」
「僕が?」
「うん」
「……してない」こともないこともなくない。
 実は姉ちゃんのチョコ作りを手伝って、(実際は全部僕が作ったんだけど)そのうちの一つをお駄賃代わりにもらっていた。
 綺麗にラッピングして、リボンを掛けて……部屋の引き出しに仕舞ってある。
 あげたつもりのバレンタインデ−。
「なんだあ。俺、うさちゃんくれるかって期待してたのに」
「えっ? そうなの?」
「うん」
 吃驚した。っていうか、さっきから辰郎君、僕のことずっと「うさちゃん」って呼んでるんだけど。そして僕も全然普通に「なに?」なんて返事をしているんだけど。
 それで、僕がチョコあげるの期待してたって……嘘だろ?
「ちぇー、残念。まあ、いっかあ。これもらったし」
 辰郎君は本当に残念そうに携帯のストラップを目の高さに持ってきて、ゆらゆら揺らしていた。
 なんだ。
 期待してくれてたのか。
 て、いうか、僕が辰郎くんにチョコ用意をしてるって期待されてたってことは、それって僕が辰郎くんを好きだってことが、バレバレな感じなんですけど。
 ……まあ、そりゃあバレるよね。
 呼び出しもらって馬鹿みたいにはしゃいで走って来たり、辰郎くんの靴履いて喜んでたり、そういう恥ずかしい行為を全部本人に見られているわけだから。
 でもバレてても、こうして声を掛けてくれて、一緒に帰ってくれたりするのが辰郎くんらしいというか、この人大らかだなあ、なんてまた彼のことが好きになったりするわけで。
「今度の土曜さ、一緒に図書館行こうよ」
 携帯をブラブラさせたまま、辰郎くんが僕を誘ってきた。
「ほら、前に約束しただろ? 大学の食堂。一緒に飯食って、そのあと図書館で試験勉強しようぜ」
 マラソン大会の景品で僕に驕ってくれるっていう約束を、辰郎くんはちゃんと覚えていてくれたようだった。
「うん。嬉しいよ」
 素直にそう言ったら辰郎くんは、にゃはん、と笑った。
「じゃさ、昼飯驕るから」
「うん」
「今なんか驕って?」
 ちょっと先に見えるコンビニを指さして、辰郎くんが言ってきた。
「アイス食べたい」
「いいけど……寒くない?」
 近年希にみる大寒波がやってきて、今僕たちが歩いている道の脇には雪が積もっていた。
「食べたい」
 そんなに言うんなら、アイスくらいいくらでも驕ってあげられるけど。
 僕が頷くと、辰郎くんは僕の手を引っ張るようにしてコンビニに入って行った。
 まっすぐにアイスの入っているショーケースにむかい、目を輝かせてアイスを選んでいる。
 辰郎くんの様子にそんなにアイスが食べたかったのかと、微笑ましい気持ちで僕はお財布を握り絞めたまま、辰郎くんが選ぶのを眺めていた。
「じゃ、これ。一緒に食べよ」
 僕の手に載せられたのは、チョコレートアイスだった。


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